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年末年始のこと

お年玉をもらえる。それが楽しみ。子どもたちはいくらもらったとかいってさわいだり、黙っている子もいる。そんなの関係ないという家庭も多い。人の幸せを考えるのが年末かもしれない。最近、あまりそういうお祝いをしない。

年の初めに想うこと。いろいろと決めるのだが、ほとんど変化はないし、進歩もない。でも焦りはしない。今年も暮せた。生きてこれた。でもいろいろの人がいろんな人生を歩み、その人の持っている時間を止めた人もいる。英語でパスタウェイという。知らなかったのだが、ある人が数年前に外国でそういう状況になり、私もとんでいった。みんなが助けてくれて日本に帰った。年末までいるかどうかはわからない。でも、今年できなかったことを次の年にやろうと考える力があるのがいい。

なぜそんなことを毎年繰り返せるのだろうか。ほとんど仕事に追いまくられて、数日間年末に休む、飲んだくれながらいろいろと考察しているのが本当だろう。そこで日頃の疲れた頭が休まるから、エネルギーが蓄積される。まだできる・・・かもしれない。昨年、想ったことを繰り返す。もう忘れている。今年できなかったことを忘れて力がわいている。そんな短期間に盛り返すものなのだ。すごい脳の力だ。

今年こそ、念願の資格をとる。あれもこれもいろいろある。でも絞りこまなければいけない。そして決める。それで正月は終わる。また、いつもの年のように日々が始まる。そんな繰り返しが最近やけに早いのだ。いまさら資格をとってどうするの・・・。そんな声があちこちから聞こえる。でもやるのだ。自分で自分に言い聞かせる。

でも、そういう仲間がエンジニアには大勢いる。みんな技術知識の蓄積がないと食っていけない。だから職業病かもしれないと思うほど、日本には常日頃から老若男女あわせてすごい数の人たちが努力している。もっとリラックスしていったらどうか。そういいたくなるほどすごい。これが日本人のパワーなのだ。生まれつき、技術的な想像力にあふれ創造性を競い合っている。それがいまの日本の真の姿だ。社会は技術で成り立っている。政治家がだらしなくても、日本の技術者はそういうものが本来の姿を取り戻すまで、政治に携わる人たちが常識を取り戻すまで、いつまでも日本社会を支えていくだろう。

だから、安心して見守ろう。みんなが参加してこの社会をよくしていこう。エリートもそうでない人も普通の人たちと一緒に、そして社会の普通といわれるところにいないと感じている人たちもみんながこの世界をつくっていることを忘れないでいこう。落ちこぼれは、実際にいるし、のぼりつめて自己のコントロールを失う人もいる。いろいろなリスクはいろいろな可能性でもある。

あれをやったらこれができない。そういうことも多い。でもいつも同じではない。状況であれをやった方がいいこともあり、これを採用した方がいいこともある。順次考えればいいのではないか。その時の状況に応じてやるのがいい。少しの光がみえれば、脳を休めてまた頑張ればいい。がんばるのにあきたら、少しやすもう。脳が活性化するまで待とう。脳には甘いものがいい。正月に小豆雑煮を食べるのがとても楽しみだったことを思い出す。そういう時空の中で、年末年始を迎えるのがいい。

ときには心をやすませて時空を歩いてみてもいいのではないだろうか。それが年末年始ではないか。

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