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赤い帽子と白い帽子

はい、こんどはまあくん。次、おどってください。歌に合わせて子供たちがおどるのは、きわめていい教育方法だ。

あかいぼうし♪、しろいぼうし♪、なかよしさん♪・・・♪。

わたしはいそいそと前にでた。ぎこちない。はい、かわってね・・・。どうも落選したようだ。ちがう子が指名されて上手におどっている。まあいいか・・・。あの子の方がうまいから・・・。

これは学芸会の練習だった。かなり小さい頃なのだが、私は時々思い出す。よく考えてみると、その当時のことが懐かしいからだろうか・・・。学校の在り方というのは、ずいぶんと変わってきたようだ。子どもは暗くなっても遊びほろけて帰ってこないというのが、そのころの常識だった。みんな時間を忘れて遊んでいた。ビー玉。縄跳び。ソフトボール。でもグローブなんてない。バットとボールだけだ。走り高跳びなんていうのもあった。

私は木の実で羽子板の羽のような先端に玉のついたのが気に入っていた。くるくると回りながら落ちてくる。それを拾って放り投げる。同じようにくるくる回る。

もっとエンターテイメントに目覚めていたら、どうなっていただろうか。そのころは仕事に対してもっと具体的なものしか考えていなかった。頭を使うとかいうのは、体を使って汗を流すのが嫌だと考えるずるい奴らのすることだ・・・と、そんなことを思っていたようだ。相撲、プロレス、ボクシング、みんな立派だ。体を張っているから、えらい。そう思っていた。

弁護士って何をする人か、私は中学高学年まで知らなかった。話をする人か、つまり弁士だと思っていたようだ。だから、目指すなんていうことにはならない。NHK交響楽団のフルート奏者が一度、中学に来た。みんなでその演奏を聴いた。むずかしそう、かしこそう、やれなさそう。そんな感想だった。あこがれるものには、必ず困難さが先に出てくる。どうしてもやりたいということではない。

こどもの心にどう向かい合うのか。このことを考えると、こどもってもっといろいろなことを想っているというのを忘れていた気がする。もっとチャレンジ精神が旺盛で、私も音楽とか運動は卓越していなかったが、マンガを読むのは好きだった。とてつもなく好きだった。でもやっぱり困難さが先に来てしまう。描くのは下手だったからだ。

すべて否定的なことが先にくる。こどもってもっともっと野心的なのではないか。そういうことを忘れている気がする。こどもとおとなという対立の構図でものごとを見ていた気がするのだが、ほとんど忘れている・・・。大人になったら、ひととして成長するということは信じていた。なんでもできるようになる。それが大人だから・・・。早く大人になりたい。そう思ったことがある。

今、立派な大人になっている。年齢は・・・、といった方がいいのだろうか。いや、普通の大人なのだ。どこにでもいる大人になっている。そう言えるのは幸せだと思う。ヒトは当たり前が一番いいと思う。そして、大人になって気付いたことが一つだけある。

やりたいことがいっぱいある。でもひとつずつしかできない。いくら時間があってもできないだろう。ほんとうにやりたいこと、私にできること。この条件を満たすものでなければやれない。そう考えると、自分だけでやろうとしても困難さがつぎからつぎへと出てくるだけなので、できる人たちと一緒にやることを思い出した。

あかいぼうし♪しろいぼうし♪なかよしさん♪・・・・。

何か今も昔もあまり変わっていないような気がする。今、私がやりたいことはなんだろうか。仲間と一緒に遊ぶことではないか。その中に仕事というものも入っている。遊びはほんとうに真剣にならなければ楽しくない。中途半端では面白くない。まだまだ仕事のおもしろさから解放されていないようだ・・・。

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