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私の探している物差し、それは考え方の物差し

何を測定しようとしているのか。それは、考え方を計ってみようというのである。

もちろん、いい考え方があるし、逆のよくない考え方もある。そして、その中間もあるし、そのまた中間もある。これらはずっと続く。

ボルト選手が私を追い越せない。それは、あの超一流選手が一本指を空に向かってあげても無理だ。私を追い越すことはできない。

ただひとつの条件を彼に与えよう。それは、私を追うときに私との距離を半分ずつ数えて走ってもらうことだ。

でも、私は彼の前に同時スタートなら立てないので、もうひとつ私の1cmあとからついてくることを付け加えなければならない。

考え方のものさしがある。すごいいいシンプルな物差しだ。すごくいいという右側があり、左にとてもいいという物差しなのだ。だから、その間はすべてが、すごくいいというものととてもいいというカテゴリーのものなのだ。

どんな考え方でも、そこに独自性があるかぎり、それはみないい。悪いといるなら、そう批評する人がそういう物差ししかもっていないということだろう。

私もいろいろな物差しをもっているが、まだいろんな形のものがある。そういうものを今自由におおらかに探している。そんなときは、時間の物差しもどこかへいってしまうようだ。

きっと時空をさまよっているのか、自由に飛び回っているのだ。そんなとき、私のこころはどこかへいってもどってこない・・・。

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