流れに乗るか蹴落とされるか・・・
事業とか活動では、これはいいものだという評価によって、すぐにある意味常識筋の反応が変わる。
いいものはいい。良くないものはけなす。これがよのなかのいわゆる常識である。だから怖いという。そして、選挙なんかはこの典型であろう。
公衆に馬鹿さ加減をあらわにされたら、どうする。それは、政治家としては終わりだ。そこでバカになるというひともいるだろう。中途半端では仕方ないので本当に馬鹿になってしまう。
でも、それは一時的なものだ。みんなすぐに忘れる。そんなものだ。責任がないことにたいしてはみんな無関心だ。ただ同調する気配を見せるだけだ。
世の中には、こんなに心の清らかなひとがよくいるものだというようなひとが本当にいる。そんなとき、私は自分にはそんなことはできないと恐れを抱いてしまう。でも当人はそれが当たり前と思っている。自分の清潔さに気付かない、そんなひとがいるのだ。
いつも、流れに乗って、のろまなやつは蹴落としてしまえと冗談交じりに想っているひとがいるのが信じられなくなる。どっちが本当なのか。
でも、そこであきらめるわけにはいかない。プロフェッショナルとして自分の道を究めるだけだ。それだけだ。邪魔が入ればそれは、躊躇なく戦うのだ。当然のことだ。
流れではなく、自分の歩くところは自分で決めていく。それが、プロフェッショナルになることだ。
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