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中国の力とは・・・

どんな国に行っても、中国の人たちがいる。それは、食べ物であり、床屋さんであり、裁縫やさんである。食べること、頭を清潔にすること、衣服を着ることは、つまり衣食住である。どこへ行ってもやれる。暮らしていけるという自信がそこにみなぎっている。そのために、冒頭のような印象をうけるのだし、与えているのだと思う。

どんなところへ行ってもいる。その土地で暮らしている。多くの現地へ溶け込むと共に、集団としての結びつきも強い。商売が得意である。つまりは自立し、自律しているということだ。

他力本願ではだめだということを象徴していると私は考えている。どこへいっても、助けを借りずに生きられる。そして、そこで現地の人たちと一緒に同一にも暮らしの上でなれる。そんあ気がする。

途上国のどんな小さな国々にも中国の人たちの笑顔がある。欧州の古い都市にも同じ人たちがいる。アフリカの沙漠にも、地球上のあらゆるところに拡散浸透している。

そこにあるのは、強さとか弱さを超えたもののようだ。なぜそんなに自由に生きていけるのか。数千年にわたる知恵、庶民の知恵があるようだ。いたずらに紛争を起こさないで浸透していくことは、個人の笑顔とかその性格自体が関係するだろう。家族という単位、親戚という集団のセーフティネットがあるという安心感もあるだろう。

なにか大きな仕組みが長年の間に積み重なってきている重みが見えてくる気がする。そしてそういうものは、時代の変化でもろくも崩れ去るものでもある。そこがどうも違うようだ。日本とは違う。日本の家族制度も強い絆で結ばれている。そこに何らかの違いがある。

誹謗中傷という試練はどこにでもある。打たれづよいこと、義に熱いこと、知を尊ぶこと、不思議さを忘れないこと・・・、いろんなことがその歴史にある。

変わらないものを私たちは、うつりゆく社会の中で持っていなければ、変化にはついていけないということだろう。つまり、起点をいつも心に持っていることが、すべてのもとになっているのだと私は考えている。

帰るところがある。どんな時にも受け入れてくれる人がいる。そんな空間を心の中に持っていられるなら、どこにいっても生活を自分らしくできる気がしてきた。普段何もしない飲んだくれのお父さん、お母さんにもできることなのだ。やらなくていいと、何もしない。そして、できることを忘れてしまい、今日も昨日の続きで終わる。

そんなことが一番、いい暮らしだと、また言えるのではないか。そこに日本人の良さもあるような気がする。中国の人と対比するのは、まだ時期尚早だろうか。日本はずっと中国の奥深い素晴らしい文化を学んできたのだ。まだまだいっぱいすばらしいものがあると私は信じている。

中国の力とは、本国の人たちだけではなく、地球上のあらゆるところに分散し、地元化しているパワーにあるのではないだろうか。私たちは地球人として、その暮らしの姿勢を鋭く学びとる必要がありそうだと私は考えている。

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