売上はいくらか。利益はいくらか。経費節減はうまくいっているのか。昨年との比較はどうなのか。今年と来年の計画はどうあるべきか。
常に経費節減、削減、経費ゼロなんていうこともありうるか。その時は利益ゼロのときだ。
税金を払い、ヒトを雇用していく。それが企業の使命だという。よくわかる。
そして、そのために法人にお金を運ぶのだ。活かしておかないと税金は納めないから、それは生きていなくてはいけない。ほとんどが中小企業だ。
大手企業は、雇用で貢献だろうか。そうでもない。全体の3割程度だという。
それなら、中小企業が税金を納められる経営体質にならないとこの国は持たないだろう。税金を納めるには、やはりヒトモノカネの3つが命だ。
不況でも活かさないと、税金はない。税収がなければ行政は活動できない。経済破たんだ・・・、と騒ぐことになる。財政破綻だと大騒ぎになる。
ギリギリという音が聞こえてきそうだ。そして、そこから何かできるのかというとそうでもない。一度陥った落とし穴を脱出するには、穴を埋めるしかない。税金は出てこない。
では、どこから取るか。搾取といってもいいだろう。どこから搾るか・・・。どこにでもあるのはヒトの生活だ。企業組織は法人としてお金を食す。不況では体力が続かない。もっと食わせろという。
どこから出す。どこからねん出する。カットだ。自然人の放出だ。人件費を浮かして法人にお金を腹いっぱい食わせることでしかない。
でも彼ら法人はそのお金を自分では集められない。ヒトが貢ことになる。それで生きている。自然人は食事が必要だ。そこから生活に必要なものに税金をかければいいという発想だ。
中小企業の重要性は、企業からの税金と、そこで働く人たちの税金もある。そして生活の税金もある。日本の98%は中小企業だ。70%はそこから給与を得ている。
ということは、そこを元気にしてやればいいのだ。とすれば生活品も流れる。税収は増える。ひとびとの気持ちも上向くというものだろう。
でもどこかしわ寄せがきている・・・。破れそうだ・・・・。気づかない・・・・。千年に一回の経済崩壊が来ていることをだれも気づいていないのではないか・・・。それは百年に一回ではないのだ。
それは壊滅だ。税金収入はもちろんない。そんなときこの社会はどうなるのか。
なくなりはしない。それは人々がいるのだから。経済崩壊はそういう仕組みを否定する。新たな仕組みを構築する時だ。お金というものがなくなる。貨幣経済がなくなれば税金もない。
国家はどこから活動エネルギーをとるのか。いや活動しないから不要だ。でも統制が効かないだろう。それもない。だから要らない。
新たな時代なのだ。だれも何もしない。無の世界だ。する必要はない。ヒトは動かないものとなる。
競技。スポーツ。そんなものは昔話にもならない。遠い忘れた昔々のことだ。税金なんてそんなものはもうだれもしらない存在になっているのだ。
そんな新しい仕組みができることを望みたい。そのためにはみんながそう願うことだ。そして実現に向けて努力することだ。
でも今はだれもそんなことは不可能だと勘違いしている・・・。