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なぜ、雑誌なのか

ひとの脳から映像を撮る。目から脳が信号を得て映像を見ている。その逆を可能にしたらしい。

夢を映像でファイルしておくことができる。

脳もやはり、物体だ。そこに血流で栄養を与え続けることで活動している。

こころも同じだということだろう。こころは脳の内部の機能なのだ。

なぜ、雑誌。今、結構目につく。IT社会なのにプリントしたものが印刷したものがいっぱいある。依然として新聞はなくならない。どうしてだろうか・・・。

この脳みその構造と関係あるのではないか。脳も疲労する。そんなとき、自分の身体が疲れているとは思っても、こころがつかれているとはあまり思わなかった。なぜなら、違うものだと思っているからだ。

こころは物体ではないと私は考えてきた。でも脳という物体の一機能のようだ。それでしかない。脳が物理的に破壊されれば、そこで脳は機能しなくなる。明確だ。

でも、なぜ雑誌なのだ。ものだからか・・・。ITでもほんとは同じだろう。電気信号か物理的なものかでも双方だ。ものでしかない。でもどうして雑誌なのだ。

同じ目で情報をとるのも変わりない。どうして雑誌なのだ。

最近手帳がまたはやっている。どうして・・・。

またひとつ疑問が増えてしまったようだ。なかなか解けない疑問のようだ・・・。

大衆と個人の関係のようなものかもしれないな・・・。個人はわかっても大衆が理解しないと大きな動きにはならない。大衆の考えは、個人では把握できないことが多い。数に関係するのかな・・・。ものに対する尊敬の念なんていうのもありか・・・。

なぜ、雑誌なのだろうか。気がるさだろうか。電子情報とかいう表現と雑誌ではたしかに洗練度がちがうようだ。大人と赤ちゃんというそんな差だろうなと今は考えておこう。

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