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本を読むこと

本を読むことはとても難しいと私は長い間信じていた。

時間がかかる。

もったいない。

お金がない。

漫画を見たい。本は読む時間がない。

遊びたい。本は面倒だ。

本はかさばるというのが本当のところだ。何冊でも何か、仕事のためなら仕方がないのだが、それ以外ではもう邪魔もの以外の何物でもない。

普段のカバンの大きさがたとえば折りたたみの雨傘は仕方がないが、本は取扱をあまり粗末には心理的にできない。だからその分鞄が膨らんでみっともない。

そんなあんなが理由だ。りっぱなものだ。いろいろと言い訳をしやがって・・・。もっと早めに気づいていれば、そう想う。でも、ちがうことをいろいろとやってきた。楽しみはずっと残してきたのではないのか。潜在意識がそうさせていたのだ。本は面白くないとごまかしながら、そうしたのだ。

でも、気づいてしまった。こころの中に本を読みたいという部分が頭をもたげているのだ。こんどはどうやってごまかすのだ。それは、まあ酒を飲ませてしまうことだろうなあ・・・、一般的には・・・。でも昼からは飲んでいないので、ヒルをコントロールしてごまかすことはできないだろう。

それは心配ない。昼は仕事だから、それは・・・・。いや、今は、本を読んで情報を集めるのが仕事だぜ・・・。それじゃ仕方がないじゃないか。できるだけ専門分野だけに限定してほかのおもしろい本は気がつかないようにしなければいけないな・・・。

そんなことを潜在意識が叫んでいるようだ。

本を読むことは、こころと身体の働きでいうとどんな説明が現時点でできるのだろうか。創造的な仕事には不可欠だろうし、だいたい、頭がなければ読めないのだ。

でも、最近ずいぶんとシンプル化されたメカニズムがでているそうだ。それでも結構いろいろなプロセスがある。そして、まずは、集中することが大事であると聞いたのだ。

そんな難しいプロセスとメカニズムがあったのか・・・。本を読むことに・・・。

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