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女々しさの変化

女らしさというものが日本の近代国家ではことさら言われた。

でも、その地位は低いままだった。参政権を得て選挙権を獲得したのは、ついこの間だった。管副総理の恩師であるという市川房江氏は、その代表的な人物のようだ。

女々しさとは男性の場合にいうらしい。女々しい男は女性に嫌われるとでも使うのか。

でも、堂々とした女々しさのかけらもない、人たちが増えている。

どうも世の中の価値観が大きく変わりつつあるようだ。

そういえば男女の遺伝的生態学ということを突き詰めていくと、それはDNAの人類生き残りプログラムに帰するというのだ。

だから、もともと雄々しさも女々しさもそういう類の遺伝要素で左右されているものだとわかる。

そして、この世の中でいうできる男とかできる女という言い方も、同じめぐりあわせだということだ。

統計論の確率で、そういう分類が証明されているなら、それは個人の人格がどうのこうのという問題ではなさそうだ。

すべては、神様が創造したのだという言い方は、ある意味で正しいのかもしれない。

女々しさに対する認識も移り変わりがあるようだ。

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