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やっとみたワールドカップ

なんとはじめて観た。

TVでみようと想ってもなかなかできない。

眠いし、時間があわないし、もうだめかと想ったら、今朝みれた。

朝だ。それもスペインが1点とったときに当たった。

ひとりの技が引き立つのは、それは周りの技術に差があるときだけだった。

すべてが世界のトップなんて言う場合は、やはり頭の使い方のようだ。

そして、そういうピッチに立つことで、その選手の能力は確実に向上する。

なんというのだろうか。臨場感であろうし、そこにいるという感覚そのものが一瞬のうちに技を変えるのだろう。そんなことが現実にあるのだ。

今まで、できないできるなんていっていたのが、実は違ったのだ。できるほうもできないほうもダメだったのだ。そういうことが肌にじかに伝わってくるのだ。

そんなことが私たちの周りにはいっぱいある。

ひとつできる・・・、それは二つ目ができることを意味する。そして、ひとつ目ができないことは、またできるということを示している。そこで通過すると経験すらできないことが、できるということだ。

だから、マイナスはプラスと同じ尺度にあるともっと意識しなければならない。一面的にみることもシンプル化ではいいのだ。そして、時には尺度の基準を移動してみるのがいいだろう。

時間にルーズな国ではどうする。そこのルーズさにあわせるのではなく、そういうこともありうると自分の基準をちょっとそこで移すのだ。許容範囲に入れてやることだけでいいのだ。みんなどうしているのかな。そんなことは、どっちでもよさそうだが・・・、ではだめなのだ。

自分たちの基準を柔軟に持つことで、より多くのことが学べるのだから、そんなことを拒否する理由はどこにもない。

ただひとは不愉快だということを我慢する必要はない。それは、また違う尺度でやろう。

ワールドカップでスペインが対戦する決勝戦はオランダだ。もし・・・・、もしも・・・・、あの時、・・・。そんなことは言わないでおこう。

あの一点がなかったら、ぎゃくにニホンがあのあと点数をとっていたら、どうだっただろうか。

まさか、オランダの代わりにあそこにいたのだろうか。いや、そんなことまで想像してはいけない。まあ、ワールドカップの会場に行き、そのピッチに立つという意味は、それも含むし、一試合勝つことで、いろいろな想像が可能になるし、負けてもその夢という代替案では同じなのだ。

だから、次はこうしたいと選手もファンも想うのだ。

だから、勝つことだけではない。ときには負けるし、時には勝つこともある。まあ難しいのだが、それは相手のある試合では常にそうだ。

私なんか、とっても勝ち運にちょっとでも微笑みかけられたら、それこそ緊張していつも負けてしまうのだ。いやはや、そんなものだ。精神力云々というのはそういう小さな神経の持ち主たちへのお土産ではないか。努力するとか、それを克服するとか、いろいろ精神的な面での力を向上させられるというのだ。

そんなことより、技術を磨け、体力を増強しろといいたいのだが、それは自分のこととなると難しいのだ。

だから、適当に背が小さいからだめ・・・、筋力がもともとないからだめ・・・、ちょっと精神的に弱いところがあるからだめ・・・、なんて理由を考えている。それもいいだろう。ダメージを極力小さくすることも重要なテーマだし、そのメカニズムの開発もたいせつなのだ。そういうメンタル面での開発はこれから重要だ。だから、こころの小さな選手の存在も実は重要なのだ。向いていないといわれる選手のこころの構造なんて優秀な選手の強化育成に欠かせないのではないか。

何よりも、やはりプロの中のプロという一流の上の超のつく技というのはなんともきれいだと私は想うのだ。

決勝は、もちろんオランダを応援し、そしてスペインを応援するのだ。

三位決定戦もある。これは、ウルグアイとドイツということだ。これも面白そうだ。

やっとみれた。得点シーンの生中継だった。

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