人生に疑問を持とう・・・
なんでいきてるんや。なんでいきるんや。なんでや。なんでや。
そんなことをみんなおもっているのだ。
そして、それはほんのうだということもしっているのだ。
すべてきざみこまれているのだ。ほんのうにしたがっていきている。
いのちはそのめやすだ。
いつのまにかきえてしまうのもほんのうによるものだ。
いきていることじたいがふしぎなことだし、うまれてきたこともそうだ。
これからについておもうこともきせきだ。
じんるいとしていきのびるというせいぶつのほんのうをわたしたちひとりひとりがじっせんしているのだ。
それがじんせいへのぎもんのこたえではないか。
ひとりぐらいいなくてもではなく、ひとりひとりがいないとなりたたないのがこのよのなかなのだ。ふしぎだとおもうことはなにもないのだ。
ただいきているだけで、わたしたちにはいきるというかちがあるのだ。うまれてきたというじじつだけでおおきなかちがあるのだ。とてもだいじなたからものなのだ。わたしたちひとりひとりはこのよのなかのたからものなのだ。
そしてときにはぎもんをもってみるのもまたほんのうだとしることになるのだ。
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