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疑惑の総合商社だったっけ・・・

悪の総合商社かなと思ったのだが、実際は疑惑のデパート、いや疑惑の総合商社だといったのだった。

ニュースで流れていた。あと、小泉総理に、総理・総理・総理・・・と三回、繰り返して答弁を要求していた。気楽な感じだった。それが、やはり与野党の違いなのだ。

しっぺ返しを受けて、仲間に支えられてきた身ではとてもつらいことだろうが、逆にそういう体験をしたことで現実的な考えに至ったのかもしれない。

かの新党大地の鈴木先生も同様に、痛い目にあったのはみんな承知の事実だ。

そんなに簡単に罪人にされてしまうのだ。どんな情報が飛び交っているのか。政治の世界には、目立つことによって情報価値がぐんとあがるという相場があるのだ。

普通の議員ではなんら、犯罪そのものでないかぎり、情報の価値は少ないのだろう。だから、みんなギンギラギンなのだ。そういうニュースはいつも飛び交っているに違いない。そしてひとを追いつめる。今の時代にどうして大臣がおのれの生命に傷つけようとするのかがこの10年間の疑問だ。守るべき大切なものがあるのだろうか。ボスの地位を守ることだろうか。

もちろん、そうでないとそこに自分の存在価値がないというのだろうか。

政界でのし上がっていくのは並大抵のことではなさそうだ。

最近は総合商社そのものが脱皮している。垢ぬけたのだろうか。あまり騒がないようになっている。世界は確実にマネーゲームへと向かっているのだろうか。

とすると何かものをつくって売るという仕事はなんら意味のないことのように思えてしまう。工学系、理学系の減少の大元かもしれない。

額に汗水ながして畑を耕して、野菜をつくる、お米をつくる。どんな小さな一粒でも1年の結晶なのだ。みんな同じだといった。ほっぺにくっつけた米粒も床におとしてしまった一粒も、お茶碗にのこったかけらもみんな同じ成果なのだ。

疑惑があるからそれを売り買いしている商売を生業とするという意味であったのかなとふと怖さを感じた。疑惑、それは生命の危険をいつも漂わせているものだ。その総合商社とは何か。そんな例えをされた商社が怒るのではないだろうか。

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