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情報とは・・・

もしもインターネットがなかったら、政府のやり方に憤慨したとき、もちろんアウトローなことを承知で正義のためにという意思で何ができただろうか。

抗議のハンガーストライキ、抗議の切腹、抗議の直訴、抗議の投稿・・・などなどだろう。

しかし、今、もし情報が自分の手元に入ったなら、どうするのだろうか。上述の手段をとる必要はないのだ。

覚悟して行動する。そこの個人としての判断だ。もちろん公僕なら、そこで今までの労苦を失うことになるから、その均衡を求めてどうのこうのではない。そこで、だれもがもし俺だったら、私だったらどうするのだろうと考える。

密告制度、罰則なしという約束をしても、いつでも周囲から正義の公開は罰則を受けてしまう。仕事がなくなる。いじめられる。あいつは自分勝手だ・・・。

そういう過去の例があった。それでも、まだ密告を奨励できるのだろうか。法律にあるものは義務だから、別物だ・・・。

でも、なっとくがいかない。

もっと、どんどん弱い立場の人たちが、自由にあそこでいじめられている。ここでそんなお局様がいるなどと、公表すべきだ。どんな職場でも、いじめられ役がいる。でも、それは一つにみんなが理解している。俺たちに影響ないようにあいつが道化を買って出ているとみんながわかっている。

だから、こころのなかでは尊敬もしている。

私もどっちかというといじめられるのは嫌だ。そして、そういう対象にされ冷たくあしらわれるのはもっと嫌だ。でも、それは仕事なら無視して作業に没頭することになる。嫌なら、一人でご飯をたべることも苦にしない。こういうことは、職場を変わるとか、転職するとか、新たな環境に入るときに起きることだ。だから、他者との軋轢がないように、またあったとしてもそこで強く押し返すことができる心構えがいる。

それは、何度も一人でなくことでもある。そして、他者には怒らないことでもある。

情報が今はすぐに入手できる立場にあるひとなら、そういう憤りをどうさばくかが、やはり守秘義務という社会人としても責務でもある。この点をどう考えるのかが、ポイントだ。

情報とは、基本的に公開すべきものである。

せっかく国民を十二分に教育しておきながら、バカになれ、アホになれ、情報は気にするな、政府の権力に従えではなんとも情けない倫理国家であろうか。

そこに政治哲学というものがなければ、この日本という国は崩壊してしまうだろう。でも、そこに日本の良さがあり、そんな簡単にぽきっと折れるようなものにはなっていない。

今後の情報管理の手法について、より自由に開放することを研究して早期に実行すべきだ。まだ言論の自由というものの考え方が明確ではない。もっともっと社会が求めるもの。または社会が示す動向に寛容であっていいのだ。それは国民の教育で保障されていることではないのか。

それとも、自信がない程度の教育内容なのだろうか。

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