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雪への想い

雪国と温かい地域で生まれ育ったひとではその雪に対する想いが違うだろう。

私は、雪の多い東北で生まれ育った。

雪道をどうだろうか毎日3kmぐらい歩いて学校へいっていたのではないか。

だから、吹雪の冷たさ、怖さ、しもやけ、そしてスキー(長靴と板の古いもの)でそりで、雪下ろしであり、雨上がりの翌朝の雪原の景色だろうか。

一番楽しみなのは、雪解けだ。

川の橋の上が最初にとける。もうすぐバスがここまでくるので楽になるというのと、雪解けの土の上ですこししかない面積でメンコをしたり、ビー玉をする。楽しいのだ・・・。

でも、まだしもやけが治らない。耳たぶはもういつもかさぶたで膨れ上がっているし、手足の指も結構膨らんでいたりしていた。気にしなかったといえばウソだが、なんともできない。

だから、あまりいい感じはない。恐れが大きいときが多いのだ。

カリブのトリニダードで空港から乗ったタクシーの運転手さんは、日本って四季があっていいですね。うらやましいですね。日本へいったらもう寝ないで帰国するまでいろいろと見ていた気持ちだ・・・。そう興奮気味にいった。

なるほど。雪を見たことのない国のひとには、その冬も含めた全体の変化がうれしそうに見えるのだ。

日本でも北と南ではまったく違う。

学校の寮へ入り、全国各地から集まったクラスメートや先輩・後輩たちと過ごした4年間はなんともインパクトの大きいものだった。

雪国生まれだから、両親の待つ故郷に冬帰るのも、夏帰るのも、それは同じだった。ただ、やはり雪道をオヤジとオフクロのなくなったときは、とても悲しくてそのときの雪と重なっている。

複雑なものだ。雪国生まれの雪への感傷とでもいうのだろうか。そして、雪とは別に氷の競技もあるのだが、東京へくるまでスケートという滑りは知らなかった。氷のはるリンクなんて雪国にはなかったから・・・。

それでもジャンプ競技はもう想像を超えていたので、やりたいとかいう気持ちはなかった。もちろん、近くの崖で小さな台を雪で作り飛んでいたりはした。ふわっとほんの0.5秒の浮遊だ。それでも嬉しい気持ちになる。

雪への想いは畏怖とともに尽きない。

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