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蘭学は吸収するための手段

文化、科学技術。

これらを吸収するために蘭学を学んだ日本。

今、その科学技術の恩恵にあずかっている。

独創性がない。

そういういい方もある。

日本独自に開発したものとか技術とかがないといわれる。でも、それは世界中同じであろう。人類の知恵というは、そんな一部の地域でのものではないのだ。

文明の発祥はアフリカと中東の境目付近だし、もともと人類の祖先はアフリカで発生したようだ。そこから、陸地をたどって拡散したのだ。

だから、何かを吸収するという能力が人類にはある。

今、蘭学の代わりになるものは何か。ICTだろう。

そこから、もうひとつ飛び出すものがないと、次の世代にはいけないような気がする。

今、ここにある知をどう生かすか。それは、やはり個々の脳細胞に依存することになるのか。それとも、偶然の遊びの中からひょんと出現するのだろうか。

蘭学と同じものが今の日本では何になるのだろうか。若者だろうか。老年者だろうか。それともこれらの世代を超えたかたまりが大きな力になるのではないだろうか。

働くコアの年齢層をガチガチにしてしまうのはまったくアホらしいことだ。いくら年を重ねても現役社会を勝ち得る仕組みが大切のようだ。

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