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生きていると感じる瞬間・・・

もう今はいない。

オヤジの顔が「生きている・・・」と想った瞬間を忘れないのだ。

なぜ、そう想ったのか。

たぶん、迷っていたのだろう。

これからどうしようかと考えていたのだろう。受験に失敗し、泣きたい気持ちをこらえて我慢していたころだ。オヤジのようにおれは生きられるだろうか。そう想ってふと顔をあげたときに囲炉裏をはさんでみえていたのが、その時のオヤジの顔だったのだ。

今はもういない。でも、なぜかいつも迷うとそのときを思い出すのだ。

今の時代は、スターはアイドルとか、女優とか俳優とか呼ばれているのだが、何か生きているという感じがしない。無臭化というか、無性化というか、無性気化とでもいえばいいのだろうか・・・。

人形化ということだろうか。最近の人形は確かに表情もあるようなのだが、あまり生気を感じないのだ。

美しいスタイルが最重要課題だろうか。美しい顔だろうか。美しい部分的なものだろうか。女性の目は、美しさの総合的な評価であるスタイルに集まるということらしい。対して男性の目は、部分的なところにあるらしいのだ。それは、男女の性徴と関係しているのだろうが、最近はそれもおかしくなっているようだ。男女同じようなアクセサリーであり、より女性的な男性が好まれるらしいのだ。

年配の男性はそういう意味では失格だということになる。そんなことはどうでもいいのだが、何かさみしいのは、どうしても生気が感じられないということだ。そんなとき、役者で「はっ」とするような生気を体中にみなぎらせている存在があると、なにかほっとする・・・。

この地球上では、砂漠にも生きている生物がいっぱいいて、生命力の尊さを教えてくれるのだが、都会のジャングルの中ではCO2が充満して砂漠の砂嵐よりも有毒なのだろうと示唆しているようだ。

だから、自分でも「俺は生きている・・・」と感じることは、めったにない。夢の中では、いつも「イマドコ、オレハダレ・・・」と確認しているのだ。そして、目覚めるとそんなことは忘れるのだ。

今日一日をいつもと同じように過ごすだけ・・・。でもいつまでも続くわけはないから、どこかで「俺は生きていた・・・」と感じるこころをどこか頭の片隅にしまっておかなければならない。

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