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最小不幸という後ろ向きイメージ

この最小不幸という社会は、決していいとは思わない。

意味がわからない。後ろ向きでしかない。最大幸福社会というならいいだろう。

なぜそう言わないのか。

後ろ向きの姿勢が、現在の状況を想定させていた気がする。

だれも耳を貸さないだろう。最小不幸なんてそんなもの、そんな不幸はいらないし、どんな不幸もだれもほしくはない。ましてや、この私たちの社会にそんな不幸を持ち込もうなんてわたしたちのリーダーたる総理がいう言葉なのだろうか。はなはだ疑問だ。

それよりも、所得倍増とか、しあわせをテーマにして政治を行うべきだ。そこにはもちろん平和、自由とかが含まれる。

不幸は貧困を思い出させるのだ。それがたとも一番少なくても不幸は不幸だ。貧困を連れ歩く不幸というイメージだ。

今の日本には不幸がいっぱいあふれているという認識であるはずだ。それを最小にする。撲滅でも削減でもないし、どうするのか。現状の不幸を半分にするのか、それともどうするというのだ。地方は不幸のままで残しておいても最小だというならそれはそうだろう。

最小不幸という考え方をまず磨きなおしていかないと、「支持率を消費税と同じにして最小にしてくれ・・・」というメッセージになってしまうだろう。消費税は5%だが、これをどうする。支持率は今20%前後だが、これをどうする。消費税率と同じに5%にするというのでいいのでしょうか・・・。そう訊きたくなる。

日本はまだ尊敬される国である・・・とか、日本にはまだ学ぶところがある・・・とか、もう褒め殺しでバカにされているとしか思えない・・・なんて、自己嫌悪に陥ろうとしてしまう・・・。ああ、もう最小不幸なんだ・・・。この不幸が・・・なんで最小なんだっけ、今は最大の不幸が威張っているからだと想いつくまで時間がかかる・・・。

そんな最小不幸にいつまでなろうというのか。5%不幸社会とでも数値化すればどうだろうか。消費税との連動もあるかもしれない・・・。

消費税を10%と現在の2倍にすれば不幸は半分になるなんていう公式でも作れないものか。20%なら4倍だから4分の1だということか・・・。

いっそのこと100%にして、20倍なら、20分の1だから、ずいぶん小さな不幸になるような気がするものの・・・、現状の不幸の実態が不明確だから、まな板にも乗らないのだ。

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