元気がない・・・
仕方のないことだろうか。
日本人、とくに日本政府は元気がないのだ。
それは政権を奪取したことへの奢りだ。そして、政権与党の元気がないのだ。与党の一翼を担うには小さすぎる国民新党は、なぜか挑発姿勢だ。それしかない・・・。もう今は昔の郵政民営化反対ののろししかなくなっているのだ。その存在価値は、今はとても不明だ。
芸能界と政界は同様のサービス産業であるのだろうか。ひとによっては組織の中でのいろいろな役割が必要だというひともいるだろう。
でも、あまりにスターを芸能界、スポーツ界などから取り過ぎるのではないだろうか。人気依存症とでもいうものだ。視聴率を取れるスターは、評論化でも、記者でも、なんでもいいのだ。政治は知名度が一番だ。その能力は表面的な見かけのよさとか好感度でいいのだ。中身はやるものが補佐する・・・。そんな指南役を務める人たちがみんなしょぼくれているのだ。
官僚のトップとは各省庁の次官クラスの人たちだ。行政のプロとして官僚、公僕のリーダーである。そこ本来のプロがいるのだが、それを無力化して、政治の素人化という選択をして意見の幅広い集約だと宣伝してしまったのだ。宣言した以上、メンツがあるのでだれかが責任を取らなければならない。
でも、その前に政治家のイロハである金銭トラブルで足を踏み外してしまった。すべて、あの中国の総書記への団体訪問握手会が表わしているではないか。奢りのはなはだしさはあの時空間で始まったのだと、私も信じている。だいたい、感じがわるいではないか。仲間だけでの仲よし会ではないか。
幼稚園の園児たちを有名は芸能人にあわせにいくなんていう芸当は政治がやるものではないのだ。さらに奢ってしまったのは、マスコミであり、米国大統領も訪問を望んでいるという論評だったのだ。
影の実力者とは何か。角栄傘下の強面の政治家だという・・・・。
こんな状況では、民主党の政権奪取の余波は、実力不足ということを世の中に晒し出したのだろうというしかない。
一方の元与党は、一時的に追い越された苦しみから、まったく気ままな野党路線を走っているだけだ。その方が弁論がうまく回るとでも勘違いしているのではないか。
歌の下手なタレントという人たちがそのいい加減さで力のナサ、性格の悪さを売り物のにして、ほかの普通のタレントたちの力を過大評価させているのだ。それと似ているというか同じ手法のようなのだ。
がっかりするではないか。
こんな時こそ、元気を出すことだ。
たしかにとことん考え抜くことで何かが浮かぶのは確かだ。でも、それは大衆に受け入れられるものにはならないのだ。
ベストアイデアは、アイデア倒れになる。それは理解が不可能な場合が多いのだ。だから、素人芸人がのさばるのだし、勘違いをして有能だと想いこむのだ。
それはそれでいい・・・。
でも、政治って国民大衆のために全知全能をかけて行うものでなくては務まらない職業なのだ。元気はなんのためにあるのか。
国民を鼓舞し、そこから国民の信頼を得るためでしかない。簡単なことだ。自分たちが政治家としての使命を認識して、その政治の専門家としてのプロ意識とその知恵、知識を活用することなのだ。
リスクは大小、緊急性、影響力などいろいろある。でもいつも国民に大きな影響を与えるものばかりである。どれも全力投球以外に防ぐ手立てはないのだ。
元気がないのは、もともとの力がないからだ。
政治家は大きなエネルギーを使って、政治のパワーを回すのだ。そういうエネルギーは国民の信頼を得ることでしか得られないのだ。
それをバカな国民の一票をいかに目くらましでマジックで格好よく、ごまかしていくかなんていうことをもし考えているなら、それではパワーのある一票を獲得はできないのだ。
元気がない・・・。これでは危機は乗り越えられない・・・。
« ノートがほしい・・・ | トップページ | あとのまつり・・・ »
「芸能・アイドル」カテゴリの記事
- ひとにはなにかとりえがあるというが・・・(2019.01.07)
- 赤穂47士、なんとか48、おニャン子・・・(2018.11.13)
- ニジマスもサケ(2018.08.17)
- 被災者ケア(2018.08.08)
- ガラスの天井(2018.08.03)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント