因果応報
この世は、他人をだますのは簡単だ。
私達も簡単に他人に騙されるから、それはよくわかるのだ。
でも、おのれのこころを閉じることはできない。何か子供のころ、親に内緒で悪さをしたことがある。学校で先生がいった。私がやった悪さと同じ親の財布からお金をぬきとった話だった。名前は言わなかったが、おれのことだとおれは悟った。でも、うちの親が先生に話すわけはないので、しらんぷりをしていた。だれかほかのやつが俺と同じことをしたのだと・・・。
でも、やっぱり、おれはおれだ。他人ではない。おれのことはみんな、このおれが知っているのだ。忘れるようなことではない。悪さを自覚しているのがまだ幸いかもしれない・・・。そう想い、おれはもう二度とこんな自分のこころを痛めつけるようなことはしないと・・・誓っていた。
でも、それで許されるような世の中ではないし、そんな余裕のある家庭でもない。そのあと、多くいる兄弟の兄貴のひとりにいじめられてしまった。悔しかった。いじめられるのがではなく、そういうことをした自分が許せなかったのだ・・・。
老いると記憶が薄くなる健忘症がある。でも若者の明晰な脳は、カンニングのようなそんな不正を許せるものではないし、だませるようなこともそうはない。いや、おのれのこころをだまして嘘をいい通しなんていう若者は、そうはいないか、この日本にはいないと信じたいものだ。
太らない方法は、きちんとしたいい素材の食事をしっかりとることだという。簡単なことだ。自分に嘘をついても、それは因果応報となって贅肉に代わるが決してこの身から離れることはない。いつまでもくっつかれてしまうことになるのは目に見えている・・・。
どっかで断ち切ることだ。若いなら、おいて行く前に、そうするべきだ・・・。死ぬ前に解放されるために白状するなんていうのは、まったくのアホらしい人生でしかない。ひとは必ず死ぬのだ。何も恐れることはない。
自分のこころに誠実に生きることだ。だれしも過ちは犯す。陥穽にはまることもある。でも、いつもやっぱり自分のこころに嘘をつくことはいち番悪い選択だと私は想うのだ・・・。
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