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国力とは・・・

国家のちからとは、つまり国民のちから、民力とでもいうのだろうか。

そのひとつの目安になるものは、プロスポーツの成熟度であろうか。

日本にはほんのちょっと前(?そんな感覚なのです、まだ・・・)までは、プロ野球だけだったのではないか。もちろん、ゴルフとかはプロというものがあったのだが、あまり意識していなかった。

ところで、サッカーがプロ組織としてできたときには、果たして大丈夫かとも思ったのだが、世界での人気はすごいものがあり、いい選手の需要が大きいということから、今、プロ野球を凌ぐ勢いだ。

ほかに、いろいろな分野でのプロが育ち始めているのは、国民のちからが向上しているからにちがいない。

多くの仲間がいるというのはいいものだ。

日本国民は、ある意味で災難があっても、そこで肩代わりできるというだけの数があり、質もある。だからそこに安心感がある。十二分にあると私は想う。

でも、決定的に異なるものもある。

それは差別の対象になることについてである。外国では黒人、黄色人種とかいって白人からある種の差別を受けていた。今は、昔となっているのだが、まだまだ類似のものは多い。

それが、つまり汚染地といういい方にあるのだ。

とくに今は放射能が問題であろうか。とくに原発は要注意だ。そう想うのだ。

外国からすれば、触らぬ神にたたりなしのようなことだろうか。

そういうところでは、やはり事故責任ということが付きまとうのだ。だれも何もしてはくれないという基本的な認識を持つ必要がありそうだ。

スポーツ分野でもそういう意味でグローバル化という基本的な国力を維持していく必要がある。

プロスポーツがあることは、国家のちからであると私は想うのだ。

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