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挫けそうなときのスポーツ

終戦時1945年。

9月にはもうプロ野球が開始された。

戦後すぐの挫けていた時に、すごい力になったはずだ。

スポーツのすごさは、選手のその動きにあるのだ。

パワーとエネルギー。

そういうものが現れる。

わたしたち挫けそうな庶民が、被災者たちが選手にエネルギーを与える。それで選手たちはパワーを発揮するのだ。

この日本の大地は、地震と津波や火災でおおくのエネルギーを吸収し、さらに放射能も吸収して被害を受けている。すべてエネルギーだ。自然の驚異的なパワーがこの大地に吸い込まれエネルギーになるには、そこに住むいひとのこころで転換していかなければならない。

エネルギー保存の法則を思い出そう。

表向きの形を変えても、エネルギーはそのものなのだ。

スポーツは、そういう大地にしみ込んだものを、庶民のこころを通して、きっと復興のパワーにするための触媒のようなものであり、ときにはそのための起爆剤にもなると、私は考えている。

挫けそうなとき、そして挫けてはいけない被災地以外の庶民が、被災地のひとには特にやさしく、自分の痛みに強くなることができるのではないか。

まだ涙が止まらない日々が続くが、そんな挫けそうな気持ちをスポーツで吹っ飛ばしてしまおうではないか。

スポーツ界に身をささげている人たちは、みな同じ想いであろう。だれも被災したひとたちの足を引っ張るなんて考えてもいないのは当たり前のことだ。

いろいろな答えをそれぞれの立場で探していこう。それぞれの任務、担うべきものは何か、何ができるのかを考えて行こう。

万人が気付かないアイデアもあるし、誰もが否定しそうなアイデアもある。しかし、どこにも万人の満足する正解なんてないのだし、そんなものは必要ないのだ。

プロ野球を愛するひとたちは被災地も含めて、早期の観戦を望んでいるだろうし、Jリーグを応援するひとたちもJの戦いを見たいのはやまやまなのだ。

どっちもその他のスポーツもすべてファンがいる。それぞれの立場で強くそれぞれの意義を主張していくことが今のこの日本でのとても大切なことだと、私は考えている。

選手も経営者もみんなファンである庶民と被災地の早期復興を希求していることに、なんらのまちがいはないのだ。進め!自分の立場で主張することだ。喧嘩なんておこりはしない。だってみんなファンのため、庶民のため、被災者、被災地の人たちのために行動しているのだから・・・・。

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