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品不足のもの・・・

風が吹けばおけ屋がもうかる。

今回の震災で現地では必需品が届かず、困難に日々を強いられている。

同様に、ほかの地域でも品不足は生じている。

そのメカニズムはまさに「おけ屋」に繋がる。

どこにも因果関係があるのだ。

たまご、納豆、ミネラルウォーター、復興資材などだ。

たまごは鶏の飼料が不足しているからだ。納豆は製造所が被災しているから・・・。そしてミネラルウォーターは、ペットボトルとキャップの材料供給不足にあるというのだ。仮設住宅が緊急の被災地での課題だ。

だが、復興資材が不足している。それは合板材料であり、塩化ビニル管だという。

これらは、如何に多くのものが外国に依存しているかということであり、グローバル化が否応なしに侵入している証左である。

こんなときに、庶民をつなぎとめるのは、土地の伝統文化というか、方言の中の親しみとか、オヤジおふくろの感覚がわすれられないというふるさとの雰囲気なのではないだろうか。

今まで何度となく、地震や津波で被災した土地であることに間違いはない。それでも、その土地に住みたい、戻りたい、ほかに行きたくないと想うのは、当然である。

だから、わすれる。大切な災害の教訓をつい忘れる。めったにないことだから、つい油断する。だから、ひとは生きていけるのかもしれない。ある意味でケセラセラとでも言わなければこの世の中は生きていくことが辛いときもおおいのは事実だ。

しかし、その基本は、この個別の今ある生命ではなく、これから生まれてこの世の中を謳歌してくれる子供たちへの万全の配慮が必要なのだということだ。

品不足のものも、ひとにはいのちがあればいいし、農業、漁業には土地と海があればいいし、そこからまた必要なものが充足されていくのだ。

再生産、循環、更新可能な仕組みをどう築いていくか、そこにひとの知恵が生きてくるのだと私は想う。

課題は必ず解ける。ただ、何が課題なのか、その抽出がいい加減では解ける問題も行方不明になってしまう。慌てふためいて、見落としたかもしれない答えをいたずらに追いかける必要はないのだが、つい・・・そうなってしまうのだ。

ひとは右足からあるくか、左足から歩きだすのか・・・?

そんな質問が国会でリーダーに問われたら、あたふたしてしまう。そんなことは訊いても無駄だとなぜ言えないのだろうか。即座に論外なことは、そういう風に扱わないと、なんでもかんでもぺこぺこして、私がわるいので・・・と媚を売ってしまうことになる。そんな姿ばかりを観ている国民は情けないと想うばかりだ。

庶民もいい加減にして、渦中で頑張るリーダーに慰めの言葉を一つや二つ、お世辞でもいいからかけてやれないものだろうか・・・。

そういうこころの品物がこの国にはいま大きく欠如しているように思われる。

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