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こころのなかを覗いてみた・・・

やはり、そうだった。

見えるのは・・・、

ちぐはぐ・・・・、

宙ぶらりん・・・・、

遅遅、遅々として・・・、二転三転して・・・、進まず・・・。

離見の離(いけんのり)という世阿弥の言葉・・・。

ちょっと離れて二階からおのれの立ち居振る舞いをみることらしい・・・。

でも、余裕はなさそうだ。

汲々としているだけだ。落ち着きが全くない。

だから、サクラというまやかしで世論にしようと企むのだろう。それもせずにどうする・・・という常識しかない。説得することは当然の役目だが、そこにまやかしのサクラを持ち込むことはご法度だろう・・・。

説得路線に乗って協力してきた首長は、まったく選挙民に合わす顔がないという怒髪天の状況になるのも容易に想像できる状況だ。まったくバカにして・・・ということしかないようだ。

意趣返し・・・、

怨念を超える・・・?

発電事業への参入を・・・(もくろむ企業群・・・)、

原発相がいるのに、経産相がまだ原発をいじっているのはなぜ・・・? こんな簡単なことがイライラさせるのだ。船頭多くして舟山に登ると・・・。

政治家たちが混乱して政治が東日本ではなく西日本へ向く・・・なんていうイメージだ。どうする東日本のひとたちは・・・?

地震列島に暮らす民だぜ・・・、おれたちは・・・。

虚実と損得もわきまえているのだぜ・・・。おれたちは・・・。

誘惑は辞任だ。でも、民意への答えは己への信頼だと信じてやりとげることしかないのだ・・・。

己への信頼は、社会のために働くことだし、そこでありのままに自己主張することだ・・・。そのとき、おのれの立場を明確にして主張を述べるのだ・・・。

たとえば、水俣病でも同じだ・・・。

「みんなこの地のひとは地元大企業に雇用され、家族を養い、そういう意味ですべてを企業におんぶしているかもしれない。でも、わたしたちは安全で安心な生活をしたいということはお世話になっている企業への忠誠心とか親近感とは、また違うものだ。・・・、

「企業は資本を糧にして成長して生きている。ひとは社会に貢献することで生きている。企業が社会に貢献するような見せかけのまやかしなら、ひとは企業への賛同をすることはできない。なぜならば、そこには筋の通った論理がないまやかしの世界になってしまうからだ。・・・、・・・・。」

なにか野党の思惑通りに運んでいることが、逆に内閣打倒政権奪取を掲げる野党の士気を阻んでいるようだ・・・。

これは陥穽だ・・・、と疑心暗鬼になる・・・。

そんなに弱い政権与党だったのか・・・、・・・かもしれない・・・・。これが、弱体で中身のまったくない烏合の衆だと知ったらどうするのだろうか。野党も烏合の衆のひとつだから・・・、何も起こらないのだ・・・。

国の中央政府が支援続行不可能なら、外国に直接支援してもらおう・・・か。地方行政自治体がいくつかまとまって、被災地だけではなく、被災しなかった地方自治体も連携してそうしなければいけないのではないか・・・。中央不在なら、外交だって、地方で直接でていくしかない。

外国のODAに依存したり、国際機関の全面的な支援を要請するしかない・・・・。途上国政府でもいいではないか・・・。地方自治体の一部の連合体は、そういう途上国からみれば、小さな存在でしかないだろうから・・・。

それとも、日本国内の国際的な支援組織の援助をもらってはどうだろうか。中央政府がこんな状況で、不安と混乱を煽るだけの存在であり、復興を急ぐ被災地の邪魔ばかりしている存在なら、それはない方がより効果的な復旧復興が可能となるのだ。

恫喝して知恵をだせとか、そうしないと助けないとかいって、辞任してもなお威張っているキツネ(虎の威を借る・・・)では、そんなものいない方がいい・・・。何が目玉だ・・・。

無性に腹が立つ・・・、こんな症候群が今、ハエと蚊の大発生とともにやってくるような気がする。

なんとかしよう・・・。

でも、原発ってほんとうに安全なのか・・・。

原発は安全だろうか。原発は安全性を重視して地震も津波もこの日本各地の立地条件に見合った設計になっているから安全だ。二重三重の多重安全設計手法を採用しているから大丈夫だ。ほんとうか。神話があった。みんな神話を絶対と信じることにした・・・。

でも・・・、フクシマの例が原発の安全神話を砕き散らしたのだ。このことは、事実だ。安全神話を形作るまでのプロセスは技術的には重要なものだ。

ただ、最終的に、周辺住民およびこの日本列島の住人が安全に暮らしをつづけられるのかどうかという視点での安全上の品質とはどうなのだろうか。この検証が今、最重要で最優先の課題であろう・・・。

だから、フクシマを踏まえて、わたしたち日本国民が人間性を重要だと考えるなら、その人間としての尊厳を維持する生活環境をこれから整えていく必要があるし、まやかしでもいいから世界の経済大国としてウサギの小屋で窮乏生活を行いながら、放射能汚染に耐えながら世界のお金持ち国家として生きていくことでも、いいのかという選択のような気がするのだ。

それは、フクシマの後の、新たな状況を踏まえた判断が今必要となっていることを意味しているのだ・・・。

こういうこころの中をのぞいてみると・・・、なんと・・・修行が足りないということだろうな・・・と想うばかりだ。

すげ笠と金剛杖で・・・一度、まわってみないと、すべてを成就してからでないと・・・、効き目のあるプランはでてもこないし・・・、混乱と不安と宙ぶらりんと、誰もいない国会答弁となってしまう・・・のではと不安になる・・・。

みんなどこへいっちゃったのかなぁ・・・。総理のおれを置いてけぼりで・・・。だれもいない・・・。

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