費用対効果って正しいのか・・・
B/C。
いつもいつも費用対効果が簡潔になって説明されていないと、どんな企画も通りはしない。
でも、政策もそうなんだよな。
費用対効果が大きいことが絶対的な条件になってしまうと、なにか伝統とか文化とか社会への貢献なんていう分野がとても肩身の狭いものになってしまう。
効果の検証が難しいのだ。
費用は項目を洗い出すことで、多少の誘導的な方針があったとしても、だいたい正しいものであろう。しかし、効果はどうだろうか。
社会が何を求めているのか、経済が成り立たないと・・・生活が成り立たないとなってしまう。
社会は個々のひとから成り立っている。社会の求めるものは、個々のひとたちそれぞれの求めるものが総合された声であろう。
ということは、個々のいのちがやはり一番大事なものだということではないか。そこでひとのいのちが消えるというリスクがあるなら、その政策は必要だといえるだろうか。いくら金銭的に大きな効果が期待できるとしても、ひとのいのちがそこで消えるという危険性があるなら、それは決して均衡のとれる効果であるとは言えない。
犠牲になる・・・という精神が、どんな過去をもたらしてきたのか、これからどういう方針と考え方で生きていったらいいのか、社会全体で考えてみる必要がありそうだ。
費用対効果って、もう古臭い考えかもしれない・・・。
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