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たまには負けることも・・・

だれも常勝とは言わない。

ワールドカップでも、1敗した後に何か疲れが取れたようで活き活きしていた。

たしかに期待されていると、なんとかしたいという言葉とともに、いや本当は力不足なんだと卑下したくなるものだ。そんな心中が一気に解放されるのは、負けなのだ。

決勝で勝てることも、一戦一戦での勝負の結果と割り切る姿勢がいいのではないか。

あきらめない気持ちが、焦りと護りになり、そこで自主性が失われてしまうのだろう。

そんなメカニズムは、こころの中でうろうろしている。不安とリスクの予想が期待通りになってしまう。米国戦がそうではなかったか。なんの疑いもなく、自由な発想で勝ちをあきらめないという瞬間があった。宮間選手のコーナーからのボールを澤選手がみごとに決めたのは、そういう結果なのだ。

意識が違った。

昨日の北朝鮮戦は相手にそんな気配があった。先方は勝つつもりでいたことは間違いない。疲れはないのだろうか。そんなことはないだろう。命令でうごくという北朝鮮だ。技術の不足している選手は試合には出れないだろう。

勝つこと、これが使命なら、それしか生きる道はない・・・。

何か戦前戦中の日本そのものではないか。

権力を掌握し制御することは、いくら権力の中枢にいると言われても、喧嘩や戦争は軍部が行うものであり、そこには物理的な障害が平和を期待するときにはあるのだ。

難しいかじ取りには、独裁政権下では、軍部よりも悪者になる以外にはないのだ。最悪の悪者になることで制御しているのは、恐喝や脅迫という個人的な感情を強く推して圧力をかけることなのだろう。

粛清なんてスポーツのコメントででてくるような言葉ではない・・・。

でも、なぜかそんなことばがでてきた。

負けてはいない。同点だったのだ。事実を宮間選手がいった。監督は勝てなかったことを国民大衆視聴者にわびるという選択をした。

出場権を逃したら、引責辞任という腹を決めて、さらなる結果を求めている姿は、なんともいえないだろう・・・。やることをやる・・・ということのようだ。

たまには負けることもある・・・のだ。そうみんなは知っているのだ・・・。

楽しんでスポーツを世界に送り出そうではないか・・・。

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