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談志師匠

今朝の天声人語、春秋、編集手帳の三つのテーマは、みんな立川談志師匠のことであった。風雲児とか勝手きままとか、いろいろとやりたい放題の男だったいう・・・のが真相のようだ。

悪口を言われることがなんというのか、心地よかったのではないだろうか。

どっちかというと大阪人の気質ではないか。でも、子さん師匠の弟子だし、関東だよな。江戸っ子なんだよな。

話術。そんなことで、世の中渡っていけるか・・・という時代は、なんとももうない。今や、実体のない仕事の方が多いのだ。

情報とかリラクゼーションとか、癒し、あとなんだろうか。サービスで代表される実態のないことは多くあるようだ。

そんなんでおまんま食えるかというのが、基本ではなかっただろうか。

でも、そういう世界に入り込んでいくことで、その頂点に立てばなんともめし食うぐらいはなんともないっていうことだろうか。

でも、やはり病魔には勝てない。いくら粋がってもそれはゆるしてくれない。

だから、我がままなんだろうな。自分の粋でない姿は弟子たちには見せたくないということのようだ。みんなそうだが、なくなれば一緒ではないか。

三紙とも、それぞれにその栄光を称えていたのだが、どうにも弟子たちの評判がいじめにあっていたような印象で直接的にありがとうと感謝の意を表すには躊躇する姿が見られた。

やはり、憎まれ口を聞いてきたのだから、それが精いっぱいの生き方だったのだろう。よく日本人はシャイだと言われる。シャイなので、正当に鯱鉾場って、ありがとうと言えないのだ。

よくやったとか、偉いとか、ほめことばもなかなか言えないのだ。

それは、日本人として悪いところだ。グローバル化の今、この落語界の風雲児のことをどう思うかは別として、日本の話芸のグローバル化にどう影響を与えていくのか、とても楽しみである。

一時代が去った・・・、あとは弟子たちの出番だって・・・いうこった。そういうことだ。

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