ことばと羞恥心
ことばは文化だという。
恥じらいの感じられないことばをどんどんと使う姿に唖然とする。
もう日本の文化はそこにはない。
心理描写の細やかさなんていう感覚はわかるだろうか。
そんな軟なことをいっているとガツンとやられてあの世行きだぜ・・・。
ことばと羞恥心の関係がどうにもならなくなっている。
あらたなレベルの恥という概念をどうもはやめに準備しておかないと、世の中の動きに遭わなくなるようだ。
世の中はまたもとへ戻るのだから、そんなにあわてないで今生は、このまま終わることにして来生に残しておこうか・・・。
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