栄誉賞の取り消し
やはり庶民は弱い。
いくら世界の金メダリストでも、警視庁に逮捕されると、容疑者としてすべての過去の栄光は消え去らせられるということか。
政治家とは疑惑があっても、収監されても、有罪でも、けろっとしているのに、なんでだ。
柔道家の内柴選手は、容疑者となっただけで、もう柔道界からも、その真偽の決着が公的に検証される前に、もう、それだけでアウトローにされてしまう。
小沢元代表の例に照らすと、どこが違うというのだろうか。
日本人の長いものに巻かれろという本質が暴露したようではないか。
くろうほうがん義経の例にある弱い者ひいきは、どうにもまがい物のようだ。
白黒をはっきりさせてから、世間的な罰をうけるのは、当たり前だが、容疑者の段階で世間が全部、非難を浴びせるのは間違いである。
それが公正な世の中で民主主義ではないのか。
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