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正しい評価と実力

この世に正しい評価はない。

それは、スポーツでも文化でも同じようだ。

芥川賞作家が、なぜ5回目での受賞なのか?と疑問というか、疑念を投げかけていた。

それは、審査への不満という形なのだが、実はおのれの評価との差がそこにあることを示しているのだ。

これでいい。こんなものだ・・・、俺の実力なんてこんな程度だ・・・。そういくら卑下しても、いつもそうではない。おのれの評価をもっと本来のものにしていくにはどうするか・・・。そこでやはり、力がないのではないかと想うのがいつものパターンだ。

正しい評価なんていうものを期待していても、実は無駄だ。自分で納得いくまでやりぬいてそれでだめなら、そこで終わりにする・・・。努力とはそういうものだ。

だめであっても、それは他者の評価であり、仕方のないことだ。おのれの力を他者に測って評価してもらおうなんていうのはいやしい、媚びの考え方である。

実力があれば、他者の評価は関係ない。力不足でも、時には評価されてうきうきなんていうこともある。でも、それはなんらおのれの実力の充実とは関係ないことだ。

スポーツ選手は、それでも評価されないと、使ってもらえないこととなる。だから、そこで自分の流儀を押し通すということが大切になるのだ。

正しい考え方が、基本になければいけないってことだろう。

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