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天は二物を与えず

この言葉が、お笑いのプロとして活躍しているひとに当てはまるだろうか。

南海キャンディーズの静ちゃんは女子のボクシングだし、猫ひろしさんは国籍を変えてカンボジア人となってマラソン代表を目指したのだ。

ある程度のレベルは可能だろう。でも、プロの範疇にはいるオリンピックに出場できるかどうかは、かなり難しい選択である。

それは、過去オリンピックの短距離選手がプロ野球に挑戦したことがあった。走塁が多くできるので勝利に貢献するだろうという魂胆ではなかっただろうか。

ただ、プレーそのものは、それぞれの競技によって微妙なニュアンスがある。そういうノウハウでありコツをさらにつかむ必要がある。無意識下での判断というもの、生来の運動神経がものをいうのだ。

私たちはそれを天才という。そこには、ごくごく狭い範囲の能力がうまく乗っかる必要がある。偶然の産物ともいえるだろうか。それとも、そういう才能は、そういう天才を誘導するのかもしれない。何よりも体操が好きとか、野球が好きだとかいうようになったら、それはもう本物だろう。

こんな例は世界各国にある。

中には、なんの困難もなく多才ぶりを発揮している有名人もいっぱいいるようだ。でも、ほとんどは嘘だ。周りが適当にやっているのだ。

天は二物を与えず。そういう。でも、私は想うのだ・・・。なんだろうか、それでいいのだと想うのだ。一流とか超のつく評価を得るような才能は必要ない。

普通にごはんをいただいて、普通に話せて、普通に笑える日常の暮らしをごくごくあたりまえにやれるなら、それはなんとも言えない贅沢なことだと・・・・。

それでも、そういう日常に夢と希望を持つことは、とても大切なことである。そういうことができるそういうレベルの普通の考え方をもつことが大事だ。

そう考えると、なんとどこにでもいそうな自分がなんといくつもの才能を与えれているような錯覚に陥るのだ。それは、夢を持つ原動力になっている。

お笑い芸人は、今、この日本という社会で一番、進んだ魅力的な職業であると、私は想うのだ。絶対に私にはなれないものの一つであり、そうなることへの夢とか希望を持つこともタブーな特殊なものだと・・・・、想うのだ。

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