最近のトラックバック

« 観戦で多忙な日曜日だった | トップページ | シリア深刻化 »

賛成できないというのは反対ということ

なにかおちょくったような響きを感じないだろうか。この言葉が、すべてを意味しているのではないか。

大御所と呼ばれ、先生と呼ばれるようになると・・・、ひとはそこで終わりなのかもしれない。また燃え尽きていないというのは嘘で、ほんとうの情熱というのは、そのこころからは消えているのだと、私は感じている。

だから、他者の言葉での称賛とか過去の威光とかを頼りにしてしまう。一兵卒と言いながらも、時の総理との会談にはもったいをつけているのだ。

最初から民主党の党内意見の集約などの議論に加わらずにいて、取り巻きがその行動をうやむやにしてもなおかつ踏み絵を求めるのはなぜだろうか。

終わらぬ裁判に業を煮やしているのは明白だ。その政治資金が一番大事なのではないか。グループの結束はおカネ次第ということは、政界では今も昔も変わりはしない。

分裂のメリットもないだろうし、取り巻きも力不足で感情的になってしまうひとたちが多いのはなぜか。浪花節ではないのだが、どうも腑に落ちない。

疑惑はなかなか晴れないものだ。李下に冠を正さずというのは、政治家にとってはごく普通の常識でもある。

権力があれば、たしかに回避できるかもしれない。必要な時にないというのは、政治家にとってはやはり負けという意味ではないか。

まだ続く裁判が頭痛の種であることは間違いないだろう。

内閣改造と野党との協議でうまく政権与党はこの状況を切り抜けられるのだろうか。

政権が円滑でなくとも、安定した政府運営と経済運営ができるような体制にはないのが、日本の現状である。世界一の官僚組織を創り上げた意味は明治維新に始まったのではないか。

そこに新たな秩序と息吹を付け加えていくのが、今の日本にとって大事なことではないのか。政治家を目指す官僚が減っているのではないか。

あまりにも天下りとか、実態とかけ離れた才能の有効活用に水を差す姿勢がおかしいのだと、私は考えているのだが・・・、どうだろうか。

« 観戦で多忙な日曜日だった | トップページ | シリア深刻化 »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 賛成できないというのは反対ということ:

« 観戦で多忙な日曜日だった | トップページ | シリア深刻化 »

2024年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ