主権在民
主権は民にあり。
国民とは国権に服従する地位にあるものたちをいうらしい。
国政にあずかる地位では、公民とか市民というらしい。
おれたちは、どっちだ。
そういえば、国民運動というのは、政府の掛け声が聞こえそうだ。
公民運動とか市民運動というと、権力への挑戦のような意味にとれそうだ。
直接選挙、つまり直接市民が意思を示すことで、政治を動かしていくというシステムが可能なら、そして、POSのようにその時点での各人の意思が総意として表示できるなら、それが一番ではないか。
そこにタイムラグがなくなる点がすこし心配だが、それに従わざるを得ないことになる。
システムそのものに信用がおけないなら、どうする。
それも、そのシステム内において適切に処理されることだろう。
主権在民についての市民の総意は?
必要ない・・・なんていう結果が表示されたら、それはシステムのエラーではなく、権力の介入を示すものだとすぐにわかるはずだ。
だんだんと難しくなる世の中の仕組みづくりに、私たちは精出していかなくてはいけないのだ。
主権在民。
この言葉を否定する世の中が、ほとんどを占めている現状に・・・ついて、あなたはどう考えているか?
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