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なんとか狙い

狙いを定めて物事に当たる。

なんというすてきな言葉だろうか。

でも、ロンドンオリンピックでのバドミントンのダブルスでの失格判定にいたる有様は、どうにもスポーツマンシップが第一ではなく、ビジネス論理に基づくもののようだ。

だれしも自国のチームが決勝前に対戦して消えていくことを望みはしない。だから、ある配慮はされているものだ。でも、いろいろな組み合わせの中から、試合が消化されて、今後の試合スケジュールが明確になっていくと、そこでチームが勝ち負けを選択できる余地ができることもある。

そうなると、普段、勝たなければどんどん苦しくなるという環境が、がんばって勝つと苦しくなると言う一般的な判断がなされるようなケースがでてくる。

それなら、だれしも楽な方がいい。

楽をして、より大きな成果を得られるなら、だれが苦しんでメダルなしを選ぶだろうか。

スポーツマンシップにも、パスなんていう負けもあるのかも知れない。でも、ファンはまったう無視されてしまう。そして、そこにスポーツの魅力はゼロとなる状況が映し出される。

日本のなでしこ戦でも、類似の後ろ向きななんとか狙いということが、巷でささやかれていたが、それが監督の口からでたということを聴いた。選手はちょっとたじろいだという。普段から強くなるために努力していたことが、それは今回は必要ない、勝たなくていいと言われたら、または負けてくれと言われたら、当事者はどう判断したらいいのか。

この背景はきれいごとだけではない。

画策している理由がある。私利私欲のために、指示しているのではないか。だれしもそう想い、この監督がコーチがそんなことを言うわけはないから、もっと崇高な理由があるに違いないと最期まで疑うことをクチにはしないだろう。

ありえない・・・っていうのだろうか。そんな尊敬するコーチ陣がそんな不正に携わっているなんてありえない。

なんとか狙いの裏には、なでしこのような「きれいごと」だけでは済まされないようなケースもふんだんにあることを、私たちは忘れてはならない。

政治は国民不在で行われ、スポーツの祭典オリンピックはファンを無視して実行されるなら、それは時代がまさに不毛の価値に蝕まれているということだ・・・。

けっしていい傾向ではない。

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