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機械のからだ

ひとの自然のままでの競技が基本ということのようだ。

スポーツは今や、科学の研究対象である。そこでアスリートたちは技術を磨く。

競技種目によって、その要求される身体能力は若干異なるようだ。しかし、競技を有利に行うための意思の強さとかその機微とでもいうのだろうかは、共通する。

ウサインボルトでも、世界選手権でスタートを誤った。そのくいてる姿が痛ましかった。そして今回のロンドンで100m、200mそしてリレーで大活躍した。

そこに感じるのは、精神力という意思の力だった。

機械の体を求めてテツローが旅立ったのは宇宙への汽車だったが、オリンピックでも競技用の機材は進歩している。正確さは抜群だ。100分の1秒は当たり前に識別できる。

ひとのからだを機械に変えることは、ご法度だが、道具をさらに精密で安全なモノにしたうえで記録を伸ばす手伝いも可能であろう。

からだを機械化することは、ドーピングと同じだが、競技者に共通する競技の場を快適なもの変えることは許されるだろう。

水泳のプールは中央も端っこも記録的には変わらないように設計されているという。

トラックもその素材がかなり快適になってきているようだ。記録にも大きな影響があるはずだ。

そして、最近は競技者のこころの問題へもドーピングに違反しない音楽とかリズムとか、精神訓話のようなモノとかが、とりこまれているらしい。

パフォーマンスやチーム力ということも、精神的なパワーアップと集中に威力を発揮しているのを感じた。

ひとはもともと、機能的な力を持ち合わせているということかもしれない。薬の力ではなく、そして機械のからでなくても、ひとはその筋肉とか脳みそとかをフルに活発化して競技に挑むことができるらしい。

オリンピック選手は、ほぼ天才の集まりである。そこから、日々の競技をみて、いろんなことを想った。

やはり、自然の生のからだとこころが、一番すばらしいと・・・、わたしは感じた。

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