恐い社会が・・・
やっぱり恐いだろう。
刀を、槍を振り回すようなひとはいなくなっても・・・、怖い。
尼崎・・・。
どんなイメージを持っていたのかは定かではないし、漠然とオオサカとか、関西とか、地域暴力団の東西抗争とか・・・であろうか。
ただ、今回の連続殺人事件というものは、尋常ではない。
たしかに世間にはこわいひとはいるらしい・・・。でも、普段はおとなしいともいう。それが、どうにも目をつけられたら、あとがない・・・。ひとの命とか死というもの、その尊厳とかいうのはどこにいってしまったのだろうか。
日本人・・・というなら、とてもはずかしい・・・。そう想うばかりだ。だれに対してか、それはおのれに対してであろうか。日本国民全部が、自分に対してそう想ってしまうのではないか。そういう心理がないと言えないところはだれにでもある・・・、しかし、現実の事件だということが報道されて顕在化した段階でもはや同じようなあらすじの小説を読むこと、書くこと自体が恥ずかしくなる・・・。なんと表現すればいいのか・・・。なんとも・・・
なんとも怖い・・・、恐い・・・、おそろしい・・・世の中だと・・・しか言えない。早く忘れてしまいたいのだが、これから、裁判員制度でその審査にあたる一般人も巻き込まれることは明らかであり、この社会をどういう視点でみたらいいのか、これから、どんな日本人として生きていったらいいのか・・・・。
もっと恐い社会が現実にならないように・・・、戦争だけは回避することが必要だ。絶対にそうしてはいけない。
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