マイルドセブンの名称に惹かれて
あの頃、マイルドな煙草というイメージが圧倒していた。
これなら吸ってもいいのかも?
実は、喫煙者の習性として、ほかには言わぬも、おのれの心の中では禁煙することが大切と考えない時はない。
いつも先送りの脳構造のせいとして片づける。一本吸うと、こころは数秒間、納まる。すぐにまた吸いたくなる・・・。これも脳細胞の要求だ。たぶん、何気なく呼吸しているのと同じなのだろう。
息を吐くことで、息を吸うという繰り返しだ。これは自律神経であり、生きるために必要な活動なのだ。
だが、タバコを吸うという行動も同じようになる。もう、自分ではコントロールできない。
そんな時に「マイルド」なら、きっといいだろう。こころはその辺りで折れてしまった。
やく40年を経て、ようやくそういう気分に警鐘を鳴らす空気が充満してきたという。国際的な動きに敏感になって、そのマイルドセブンという名前は、変わるらしい。
タバコをやめてもう20年近いだろうか・・・。いや、まだ15年ぐらいか・・・。
ずいぶんと愛されたマイルドな名前のタバコだった。
禁煙の免罪符ではないんだよな・・・。なんか勘違いしていたのだ。
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