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個人がうける危害リスク

観光地では起きないはず・・・。

ひとの集まる場所では起きないはず・・・。

そんな常識がまたもやひっくり返されてしまった。

グアムで子供たちをかばう母親を執拗に攻撃したという犯人はまだ若い21歳の青年だという。

なぜだろうか。

日本国のパスポートには、日本人の保護を求める記述がある。守られているのだが、それは緊急事態の起きたときである。

海外の観光地には、いろいろな陥穽がある。だが、観光地として生き抜くためのノウハウ、マストがあって、訪問者の安全は、世界一危険だといわれる国でも、観光地の安全は特別視されて尊重されているのが普通である。

だが、リスクは常に存在する。

ひとはひとであり、ひとは悪も善も包含する存在であるのだ。

だから、海外であっても、そこの時空間には日本で考えられるすべての危険があると断じねばならない。

めったに起きない。発生頻度が小さいかどうかは問題ではない。

個人という立場では、だれでも同じリスクをいつも抱えている。

笑顔があやしいというようなことを、ここでは述べたくないが、だが、現実は笑顔でリスクが近付いてくることが多い。

怖い顔でやくざのような人物が近付いてきたら、だれでも逃げたくなるし、近寄りたくない気分になるから・・・、その時点で観光地でのそういう風体のやからは活動できなくなるはずだ。

なんでもなさそうなつらで、リスクは近づいてくる。

個人のリスクはどこでも同じ確率というひともいる・・・。

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