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ひとの生き方

ひとの生き方には、いくつのものがあるのか。

おやじの生き方はどうだったか。おふくろさんの生き方はどうだったのか。

そして、おおくの先人たちの生き方はどんなものだったのか。

そこには、苦悩はあっただろうか。たのしい人生だっただろうか。

どうだっただろうか。

ひとの生き方はみなひとりひとり違うだろうことは、想像できるが、あまり違わないかもしれない。みんな生まれて、自我に目覚めて、いろいろなことを考えて、失望し、夢を抱いても、また破れてしまうことなどを経験していきている。

生き方を必要としなくなるとどうなるのだろうか。

自我を失う。人生において、自分が何者かを忘却すること、自我が消滅することが、細胞の劣化という現象を通して一般的になっている。

なぜか。恐怖を抱かないために、ひとの機能のひとつとしての防御なのかもしれない。

赤ん坊に戻って消滅することなのだろうか。

土に戻るってことが大事なのだということか。

ひともほかの生き物も、みんなこの点においては共通しているようだ。

大地から生まれて大地に戻る。無機にもどる。有機から無機になる。

たましいもつまりは、無から有となったものの一つであることに代わりはない。

使える間は、十二分に使いたい・・・と、私は想う。

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