ワンイシューとは?
原発ゼロ。
これが東京都知事選のワンイシューだという話しだ。
一番だいじなことを論じることで、投票の踏み絵にするってことらしい。
でも、どうなのだ。
東京都民って日本政府の中の一地方でしかないのではないのか。
それで国政はなにをやるところなのかという疑問がでるだろう。
でも、ワンイシューというものが、まったく選挙民の中で共通の認識をもてないものだったら、それはワンノブロッツイシューズとなる。
出る杭は打たれる。だから、今まではワンイシューで戦うなんていうのは愚の骨頂だと想われていたはずだ。
それが破れかぶれの清水の舞台から飛び降りのごとくに、光を放ったのだ。小泉郵政改革だった。
たしかに面倒なのは嫌いだってひとが多い。
ほんとうにはまることが、それがワンイシューとして共有できることならば、成果がでる。
まちがいない。
だが、いくつものワンイシューがこの世の中にはある。
普遍性をもったワンイシューの選択のプロセスが、あたかもその他多くの問題、課題の解決にむけて力を同様に発揮するらしい・・・という説得ができるかどうか。そこにカギがあるようだ・・・。
大阪都構想は、この意味でワンイシューとはなりえないテーマのようだ。
そして、維新の会も、政界のワンイシューを的確にとらえてはいなかったようだ。一時的な飛び出しが、突出した能力のように見えたのはやはり錯覚であり、多くの庶民の誤解だったようである。
ワンイシューの選択は難しい。
ミレニアムの課題も大きな項目で8つあるのだ。第一は貧困撲滅だが・・・・。
環境問題も、その中の温暖化も、文化的な対立なども、あるあるある・・・、いっぱいある。
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