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大臣の辞任

経産相が辞任した。内閣のキーパーソンという立場の一人だと思っていたのだ。晴れ舞台でのミスとかではなく、日常の政治家としての事務所、秘書等との関係での監督不足という本人の報告であった。

事情通の話によると、神奈川県を地盤とする同大臣は、どうも政府の業務に身を粉にしていたようであり、地元での事務所の変化に気づかなかったというようなコメントがでていた。

でも、これは誰にでもある。都会育ちのひとにはわからないかもしれない。田舎から学生とか、就職ででてきたものからすると、そこに確かにかい離があるのだ。心理的なものだが、その辺がやはり鍛錬の基礎になるべきものだと思う。

政治家がだんだんと偉くなり、自信と威厳を備えていくにしたがって、権力をも保有することに気づくのだが、地元の事務所も政治家の主とともに偉くなるようだ。それが、やはり調子に乗って足元を浮かせてしまうらしい。他にも地元後援会幹部が勝手に選挙活動への普段の努力とでもいうような形で昔ながらの活動をして、とがめられた事件もあった。

なぜ、仲間とか後援者としての、政治家を送り出し、そこで力を発揮してもらうという意味での共通認識ができなかったのか、私にはとても不思議でしょうがないのだ。

大臣のこのごろの国会中継での姿、ダボス会議での映像もどこか哀愁がただよっていたことは、国民のだれしもが感じていたことではなかったか。振り込め詐欺のようなことが、どこの世界でもいつでもある。陥穽は、当事者にはわからないように作られるのだろう。でも、それって政治の世界ではある意味、旧習であり、決して現在の日本の政治家の間では通用しないもの、昔のこととしての位置づけにしっかりと割り振りされ区分されていたはずのものだと、私も思っていた。

だが、忘れたころにでてくるのは、自然災害だけではないようだ。国民主権というこの言葉を政治家は今一度、こころにかみしめていかないと、この先転んでしまう恐れが大いにあるということだろうか。

自分という政治家に、もしも自分が投票するときに入れてもいいのかどうか、もう一度客観的に評価してみてはどうだろうか。子供のころ、なんで大人は煙草を吸い、お酒を飲み、女の人に色目を使いたがるのかなんてとても不思議だったのを、思い出してはどうだろうか。

他者からのお土産も、お酒やたばこ、そして接待もおなじようにおかしいものがあるということではないのか。原点に帰れるようにいつでも、身の回りをちゃんとせねばいかんのではないか。

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