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定年後→孤立?or 自立?

定年なんて、そんな先のこと知らんよ。

みんなそんなことをいう。だって、生きているかどうかわからんだろう。

そりゃそうだ。相槌を打つ。

もっともだ。他の人も同じような反応だ。

ところであんた「毎日が日曜日」っていうドラマをしってますか。

昔あったんだ。そんなことその時はまったく頓着しなかった。

大体日々の仕事に追われて週末になんとか自己を意識する認識するなんていう生活の中でだれが定年後のことを真剣に思ったりするか。明日のわが身をどうするかってのが当面の課題であり、ずっと続く課題なのだって認識しなきゃ、仕事を続ける、家庭を守るなんてできないのだ。

これが正直な本音だ。だが、時は来る。時は来ている。なんとも今までにない時間を新鮮に感じた数年間、特に最初の数か月はなんだこんな時間にいっぱいひとが歩いているなんて驚嘆したものだ。その中に自分の姿もあるのが、夢のようだった。

自由ってこういうものだったのか。そんな思いだ。

でも、毎日が日曜日ではひとは暮らせない、生きていけないとなる。

男性は、会社人間だから、そこで耐えられなくなる。孤立する。閉じこもる。いつまでも過去の企業での実績とか地位とかにこだわる傾向がある。どうにもこうにも他の世界は知らないのだから、みる方向、視点があっちからこっちへと変わっただけで道に迷うようなものだ。ずっとひとだってことを忘れていたのだからしょうがないことだとは、だれも配慮してはくれない。だから、どんなに偉かったか、どんなにすごい仕事をしてきたのかなんていう自己自慢になってしまう。

それでも、孤立しなければいい。

そのうち、またかとなる。それは聞いたよ。なんども聞いたよ。もういいよとは言わぬまでも、どうにも双方が避けるようになるらしい。また、おなじことをいうといわれそうだ、またおなじことをきかされそうだ、となる。ひとを避けるようになる心理がわかるかな。どうかな。

できれば関わりたくない、そんな気持ちがはじめは奮い立って消せるのだが、いつの間にか、触れたくもない感じになってしまうのだ。

だから、いくつになっても、私は自立するという方針をたてた。どうも上述のように想定されることであり、性格的にもその傾向もあるので、私は最後は自営業を営む、だが、何をするかを模索する自営業である。そんなのあるかって怒鳴られるかもしれない。だれしも、はじめはとにかく枠組みをつくり、その中で品物を展示するような仕組みをつくるはずだ。

だから、そういうフレームを整える。自営する。すなわち自立するためのプロセスに自分を置くというイメージだ。うまくいくかどうかなんて関係ないのかもしれない。だって初めての試みだ。夢のようなことだ。ありそうもないことを孤立を避けるために自立するフレームをつくるってどんなことか。

それは話すと長くなるのでやめる。でも、それは20代半ばにある決意をしたことに起因する。自立なんだと私は、もしもだれかに定年後のことを問われたら、そう答える。

みなさんはどう思いますか。

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