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天才たちの身の振り方は多彩だ

スポーツで才能を発揮する若者は、ほんの一握りのはずだ。

みんな小中学校で知っている。あんなにすごかった同級生や友達が、地域・県・地方・国、そして世界へと旅立つには、才能が足りないという現実がある。

だから、すごいんだというつもりはない。でも、そういう中で自分の才能と努力を重ねてつかみ取るというプロセスにはなにかある。成功体験だろうか。うまくいかないという焦りの克服だろうか。成果を上げるまでやり続けるという我慢のこころだろうか。いろいろなものが、組み合わさって、総合力になる。

それでも、限界は来る。あんなに強くてもう敵なんかいないなんていう選手でも、時は成長とともにその終焉をもみせるのだ。

でも一芸に秀でるものたちは、他でも素晴らしい才能を発揮するようだ。商売もあろうし、さらなるタレントを発揮して有名人になるものもいる。以前、何をしていたのか忘れるような活躍を引退後にするひとも大勢いるのだ。

凡人には信じられないような苦労もあるだろう。でも、非凡な才能は、新たな挑戦をして、つかみ取るようだ。

身の振り方はいろいろである。そして、やはり一般人と同じように、そこの流れで疑問を感じて悩むものもいる。すべてがそういう一つの生き方でないことは承知している。

だから、どんなふうに接するのか。それは私たち一人ひとりの生き方、考え方として、自然にふるまうということであろうか。つまり、特別視はしない。ただ尊敬の念はもって対処するってことではないか。

みんな活躍しているときは必死になっているし、終わったあと、引退の後は、やはり普通の一般市民とか普通の少年少女とか、その辺のおやじとか、おばさんとか、爺とかばあさんとかになりたいはずなのだと私は想う。

そんなこんなを興味を抱いてみている。世の中は楽しい。おもしろい。もちろん悲しみをしっている。悲喜こもごもだってある。でも、庶民の生活が一番、楽しいのではないか。だから、いくら活躍したって自然の中で、生きているのが、一番だとみなおもっているのではないだろうか。

みんないう。海が好き、山が好き、畑・たんぼが好きだという。

十年一昔。いつの間にか、60は70に、80は90になる。でも、200歳は210歳になんていうのは今はまだいないようだ。

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