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一緒に乗り越えましょうの意味

希望を持つことは、絶望のさなかにある証拠だ。

そこから、どうするか。

もうダメなのにそれでもまだまだ生きているし、生きていきたい。

それが本音だ。

でも、現実はすべてを否定するのだ。俺の心の中にあるろうそくの炎が消えてしまう。

風が吹けば、どんなちいさな空気の流れでも消え去るような気分だ。

いや、もうだめなのはわかっている。治らないのだ。

それで何かの望みをもっていたい。

自分で捨てるものではない。しかし、気持ちはそんなに単純ではない。

否定の否定の否定の・・・、そういう中での肯定をどう己のこころを説き伏せるのか。

心中はもう嵐の中でも闇でもあり、混沌としているが静寂もあるし、結構落ち着いてもいるし、わけのわからないものだ。

わらにすがるきもち・・・がそういうものだと・・・。

こんな経験、だれにもさせたくない。

おれだから、なのか。なんでおれなのだ。

お前ならそんな仕打ちにも耐えられるとかなんとかいってんじゃないよ・・・。むかつく・・・。

そんな心境で日々を過ごす。あと何日・・・。

この世の中にどのぐらいの数の人々がいろいろなことで悩み苦しみ絶望を味わっているのだろうか。

せつない気持ちというのが身に染みても、現実はなんら変わりはしない。

現実は現実なのだ。

そこはしかたがないのだ・・・。

このぐらいのことしか言えない。

若い盛りにいのちを奪われる気持ちが、私にはわかる。

そんな28歳の元プロ野球選手の冥福を祈る・・・。

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