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ゲーム

e-ゲーム

変われば変わるものだ。
時代の変わり方は、なにか寂しいものだ。
でも、そこに時代の移動があるらしい。
オリンピックの種目になるらしいとか。
そうか、どんどん身体を使うことよりも、操作という方向へと変化するのか。
戦闘機だって、同じような電子機器の操作だし、今後はそういう世の中になるのだろうか。
いつまでもアナログとか、メカニズムなんていっているようでは、時代遅れといわれるのか。
では、自転車はどうなる。
車社会でも自転車は、すごく盛んだ。
ということは、身体を使うという部分も依然としてあるってことのようだ。
あまりに単眼的になっては、ダメなようだ。
時代のことも、もっと疑問を抱いて見つめていくことが必要だ。

時代の幅をどうするか

今の時代とよくいう。
だが、時代遅れと時代の先走りと両方ある。
まだかよ・・・。もうそんなかよ・・・。
この二つがある。
そして、中庸がある。富士山に例えれば、号目とつくのは中庸の証だろうか。
まだかよというのは、駿河湾の海底あたりでタカアシガニとすったもんだしているのではないかというイメージか。
もうそんなかよというのはどうか。それは、ようやく一合目当たりで、頂上についているひとたちをみて思うことのような気がする。
幅をどうみるか。
そこが問題だ。どっちもいずれかをみてみようという気もない場合ばおおいようだ。
私は私という感じで、時代の流れを認めようとしない。いつも、今の若い奴らはなんだという見下ろしの態度でしかない。
そんなには変化してはいないのに、そこにデバイドを感じてしまうのはなぜか。
今を生きるには、しっかりとした時代の流れを読み取るちからが大切だ。
その秘訣は、謙虚さではないかと私は考えている。

今のゲームははまりそう・・・

もしも、こどもだったら、今のゲームにはまってしまっていたに違いない。

でも、それって、今は選ばない。昔だったら、そうしただろうという感想だ。

たしかに、そんなことも、あんなことも、あんなにリアルにできるなんて想像できなかった。

マンガで頭の中でいろいろと想像と創造を掻き立てながら、みていたのだ。

サイエンスもの、メカもの、動物もの、時代物、宇宙もの、怪物もの、いろいろあった。

でも、柔道ものとか、野球ものとか、侍ものは人気があった。

なんともうらやましい限りだった。

お茶の水博士はアトムを発明した。その助手になりたかった子供時代だった。

相撲はあこがれだった。

ただいろいろ条件があって、背の丈がないとだめだと・・・。

もちろん大きいからだでないと・・・、だめだった。

あきらめるのも、なんとも、そこまでいけなかった。

ふんどしをしめるなんて小学生には恥ずかしくて考えられない・・・。

今のゲームはなんと夢の夢のような中身だ。

今のこどもでなくてよかったのか、どうか。

想像力がいのちの子ども時代は、懐かしく思い出される。

自然があった。

川で泳ぐ夏。

田植え、稲刈りは学校が休みになる。うれしかった。今日は学校がない・・・。なんとも言えないうれしさだった。

ゲームはどうなる。バーチャルにはすぐになるのだろう。

立体的な映像になって、裸眼でみられるのかもしれない。

実際に戦闘ゲームではケガしてしまうのか・・・。

そんなことはないだろうが、とにかくリアルになるのだろう・・・。

将棋NHK杯を見た・・・

劣勢か。

大敗か。

おっ、ひょっとして。

でも、形勢がよくないと、挽回は難しい。

でも、あれで勝としたら、すごいかな。

プロって、いずれにしてもすごい。

定年後→孤立?or 自立?

定年なんて、そんな先のこと知らんよ。

みんなそんなことをいう。だって、生きているかどうかわからんだろう。

そりゃそうだ。相槌を打つ。

もっともだ。他の人も同じような反応だ。

ところであんた「毎日が日曜日」っていうドラマをしってますか。

昔あったんだ。そんなことその時はまったく頓着しなかった。

大体日々の仕事に追われて週末になんとか自己を意識する認識するなんていう生活の中でだれが定年後のことを真剣に思ったりするか。明日のわが身をどうするかってのが当面の課題であり、ずっと続く課題なのだって認識しなきゃ、仕事を続ける、家庭を守るなんてできないのだ。

これが正直な本音だ。だが、時は来る。時は来ている。なんとも今までにない時間を新鮮に感じた数年間、特に最初の数か月はなんだこんな時間にいっぱいひとが歩いているなんて驚嘆したものだ。その中に自分の姿もあるのが、夢のようだった。

自由ってこういうものだったのか。そんな思いだ。

でも、毎日が日曜日ではひとは暮らせない、生きていけないとなる。

男性は、会社人間だから、そこで耐えられなくなる。孤立する。閉じこもる。いつまでも過去の企業での実績とか地位とかにこだわる傾向がある。どうにもこうにも他の世界は知らないのだから、みる方向、視点があっちからこっちへと変わっただけで道に迷うようなものだ。ずっとひとだってことを忘れていたのだからしょうがないことだとは、だれも配慮してはくれない。だから、どんなに偉かったか、どんなにすごい仕事をしてきたのかなんていう自己自慢になってしまう。

それでも、孤立しなければいい。

そのうち、またかとなる。それは聞いたよ。なんども聞いたよ。もういいよとは言わぬまでも、どうにも双方が避けるようになるらしい。また、おなじことをいうといわれそうだ、またおなじことをきかされそうだ、となる。ひとを避けるようになる心理がわかるかな。どうかな。

できれば関わりたくない、そんな気持ちがはじめは奮い立って消せるのだが、いつの間にか、触れたくもない感じになってしまうのだ。

だから、いくつになっても、私は自立するという方針をたてた。どうも上述のように想定されることであり、性格的にもその傾向もあるので、私は最後は自営業を営む、だが、何をするかを模索する自営業である。そんなのあるかって怒鳴られるかもしれない。だれしも、はじめはとにかく枠組みをつくり、その中で品物を展示するような仕組みをつくるはずだ。

だから、そういうフレームを整える。自営する。すなわち自立するためのプロセスに自分を置くというイメージだ。うまくいくかどうかなんて関係ないのかもしれない。だって初めての試みだ。夢のようなことだ。ありそうもないことを孤立を避けるために自立するフレームをつくるってどんなことか。

それは話すと長くなるのでやめる。でも、それは20代半ばにある決意をしたことに起因する。自立なんだと私は、もしもだれかに定年後のことを問われたら、そう答える。

みなさんはどう思いますか。

不確実性とリスク

不安と期待がある。

そこには不確実性が介在している。

その度合いがリスクとなっているらしい。

そういう不確実なものをマネージするのがリスマネだ。

リスクは、クスリにもドクにもなるという話しを聞いた。

クスリもドクの一種だというのは、みんな知っている。そして、リスクが高いとなにかワクワクするのは期待と不安の表れだろうか。

それとも自信というのだろうか。自信とは、不安と期待の微妙なバランスから生まれるものらしい。

優勢ムードの参院選

参院はなんのためにあるのか。

そんな街頭インタビューがあった。そこでは、古くは良識の府という説明があった。

そして、緑風会という政党組織とは関係のない、参院会派があったということだ。

ひとつの参院の自負というものがあったのだ。

だが、今の参院はその存在目的がわからないとほとんどのひとはいっていた。

たしかにわかりにくい。

だって、おかしいじゃないか。あってもなくてもおんなじなら、ない方がましだとなる。

それでも必要なのはなぜ。

良識の府として、ワルの巣窟の衆院を監視し、制御するためだというのもなんともおかしな話だ。

神舟10号打ち上げは今朝だったのか・・・

もう始まっている。

宇宙戦争の戦略的な構想がある。

相手と協力しない宇宙空間の利用とはなんだろうか。

宇宙から、なにか細工をする。

GPS衛星を破壊することで、戦力を壊滅させることができる。それは逆も言える。

最後はどうする。勝つためには、なにが必要か?

ここまでくると議論では肩がつかないようだ。

やはり相互協力ということ、互恵という考え方が必要なようだ。

この世界に哲学があるなら、答えは探せるはずだ。

棚上げ論は強者の論理・・・

核心的利益は下ろさない。

だが、早急に解決の糸口が見えないもの、すなわちすぐに軍事力で抵抗を抑えることが適当でない事象は、棚上げするということのようだ。

強いものだから、相手の弱者の気持ちをくんで配慮している・・・なんとも、賢い計らいなのだろうか・・・と、感謝する我が国でもあるまい。

だが、魚をとる漁民が軍艦に追われては、仕事はできない。

強者の論理でものごとを進めると、弱者を踏みにじることが平気になるらしい。

弱者が反抗してきたら、仕方なく平定するために軍事力を使わざるを得なかったのだという、客観性がでるのでこの方法がとられることが多いようだ。

被害は相手の態度次第でいかようにも説明できるし、こんなに都合のいい理由・根拠はなかなかない。

また、通常弱者は棚上げで緊急事態が解除されたような錯覚に陥ることから、棚から牡丹餅のように手軽にあっちから入り込んでくることもある・・・。

落ち目の国には追い打ちをかける。上り調子の国には、ホメゴロシという手法がいい。

みんな米国が使ってきた手だ。

中国と米国、ロシアはそんな手練手管の入り組んだグループであるのだろう。

田植え、苗代・・・

なんともなつかしい。

田植えやすみなんてあったのだ。小学生でもお手伝いだったのだ。

苗代もあった。

陸稲というのは、そのころはまだ新しい技術だった。

田植えのあとの田んぼが好きだ。

あの風景がすきだ。

実りを生む田んぼだ。

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