ミクロの世界の映像化
小さなものを大きな画像で魅せる。それはとても興味のあることだ。
人形を配置して、それを見せるのではなく、映像にしてみせる。つまり、映画と同じようなものだ。海は池でそこに模型の船を浮かべて、実物のように映像化する。
ぬいぐるみの映画も同じだ。そしてCGによる映画も考え方は同類だ。実写でできないことを再現する技術は、ポスターとかにも応用されている。動く画像と、動かない写真、どちらも用途によって価値は変わる。どちらも訴える力を持っている。
ミクロの決死隊という映画をみたことがある。おもろかった。おもろーっだ。そんな魅力をどうやってひきだしたのか、顕微鏡をのぞくときの想像力ではないか。やはり、イメージがなければ発展はしない。
「バックアタックの瞬間」というタイトルの映画をつくったとして、サブタイトルは「・・・血流の変化、その時ヒトの体はどう変わる・・・」なんていうものだ。もし、そんな映画で科学的な解説を入れて制作したら、ほかの競技のときはどうだろうか。水泳なんか・・・、柔道なんか・・・、格闘技なんかでは血液が外へ傷口を通して流れだしたりする・・・、そしてそれを修復するチームの働きも描き出されるだろう・・・。
脳は臓器の一部。神経臓器という術語があるかどうか不明だが、どこで神経情報をどんな風に処理していて、最後にそういう情報が断ち切られる状況をミクロの世界で映像化できるのだろうか。
自分の体の中に、自分の細胞で作った防疫隊を派遣するのも面白い。そこで指揮をとれるのか。がん細胞をやっつけるための特別チーム編成なんかもあるだろう。
こう考えると、ミクロの世界の映像化は大きなマーケットを私たちの好奇心と興味と研究心の中に変化を誘発してくれそうだ。そうしたら、引きこもりとか、親とのコミュニケーション不足とか過剰とかいう問題も起こらないかもしれない。いろんな妄想がこの私の頭の中を駆け巡っているので・・・、この辺で・・・。
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