ライフスタイルについて
ほとんど世の中のことを知らない。仕事一筋なんていうのは、ほぼ99%に達する。生活することと仕事をすることは、同じ意味なのだ。
そして一番大事なことを忘れてしまう。仕事が生活になる。
ほんとは生活が仕事なのだ。そんな常識がいつのまにかなくなる。肩書きがついて、そこで生活意識がさらになくなる。会社、企業、組織、そういう法人の操り人形になってしまう。
お金を食うのが法人だ。私たちは自然人だ。ご飯を食べる自然人がお金を食べる法人に奉仕しているだけのロボットになっている。それも知能をもたない旧型ロボットだ。それは江戸時代の操り人形のようなものだ。
動力源もぜんまい程度しかない。そのつど、おかねという食べ物をお供えするために、ねじをまかれて動くだけなのだ。それ以上、動く必要はない。
だから、生活が忘れられる。自然人なのに、食べ物をしらない。世間もしらない。そんな社会がずっと続いてきたのだ。
ほんらいヒトは晴耕雨読がいいと私も想う。それは難しい・・・。なぜ、小人閑居して不善をなすからだ。自然の中で、生きるという中味をしらないのは、私も同じだ。
どこでそういう基本を知るのだろうか。それは、挫折することから始まるのではないだろうか。躓くと、今まで見ていなかったモノや、痛みや、景色が見える。それまで、バカにしていた多くのものがほんとは大切な日々の生活の一部だったことを教えてくれるのだ。
ライフスタイル。それは、何か格好よさという風情が漂うがちがうものだ。
自然さ。そういうものがいい。私は、晴耕雨読とはいかないが、とにかく自然に、より自由に、よりおおらかに生きたいと思う。
結構、難しい。自然に生きるって、どんなことか。よくわからないが、なりゆきで生きるようなことを前もって自分のスタイルにすることなんかではない。そこに、自分の考える自然さがかならずある。
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